バイジを奪還した指揮官が語るイラク軍の問題

2015.1.7


 military.comによれば、夏の間、アブドル・ワハブ・アル・サーディ中将(Lt. Gen. Abdul-Wahab al-Saadi)は、イスラム国が占領したイラク北部の戦略的都市を奪還しようとした時、戦闘員225人、エイブラムズ戦車1両、迫撃砲2門、大砲2門、武装ハンヴィー40台を持っていました。

 彼の部隊は、IEDと自動車による自爆攻撃を通り抜けて40kmを苦しみつつゆっくりと前進するのに30日間かけ、それからバイジ(Beiji)の精油施設をうまく包囲しました。作戦はイスラム国がイラク北部と西部の大半を夏の電撃的攻勢で獲得して以来、サーディ中将の最大の勝利を獲得しました。

 それでも、サーディ中将はひどく悲観的です。AP通信の2時間のインタビュー中、彼はイラク軍は武器、装備、戦う準備をした兵士がないと言い、アメリカの航空支援が不規則だと文句を言いました。軍隊と政府は腐敗したままだと、彼は言いました。軍が崩壊したときにいた将軍たちの大半は第2次大戦により合った技術を持っていると。「物事がよくならないと、この国は(シーア派、スンニ派、クルド人に)分断して終わるかも知れません」。

 正規軍と対決する時、過激派は打ち負かせられると彼は言いました。しかし、彼は複数の災厄がそうすることを妨げると言いました。すでに、過激派がバイジ(Beiji)を奪還するかも知れないと彼は言いました。

 イラク南部の家系でバグダッド生まれのシーア派であるサーディ中将は、スンニ派民兵と戦うために参加し、軍が頼りにするシーア派志願者の不品行に不満を述べました。「私は軍人で、彼らは我々が運用する規則を尊重しません」。たとえば、志願者はスンニ派のティクリート(Tikrit)周辺の政府の支配地域で家を荒らし、軍将校を脅迫しようとした、と彼は言いました。バイジ(Beiji)への進軍の途中、彼が後衛として配置した一部の志願者は持ち場を離れました。

 政府と国営メディアはスンニ派民兵との戦争で志願者が果たす役割を称賛します。

 彼はバイジをすばやく奪還する事を望むバグダッドの軍指導者と早くからトラブルを起こしました。「私は彼らに、3日間でバイジに行けるけど、多くの部下を失うだろうと言いました」「私は彼らに、自分のやり方でやると言いました。彼らは喜びませんでしたが、選択の余地はありませんでした」。10月中旬にティクリートから出発し、サーディ中将はゆっくりと前進し、IEDだらけの幹線道路を避けました。その代わりに、彼と部下たちは徒歩で道路に並行した砂漠を徒歩で進みました。

 毎日、彼らは数キロを歩き、止まっては自爆車を避けるために砂の障害物を造り、工兵たちはIEDを除去しました。道路が綺麗になると、ハンヴィーの車列と唯一の戦車は障害物まで進み、別の道路の範囲が綺麗になるまで待ちました。

 バグダッドの高官たちは繰り返し彼に電話をかけて、前進が遅すぎると文句を言いました。「私は彼らに何度も繰り返して、部下を守るために慎重に移動しなければならないと言いました」。

 全行程を戦い、バイジに到達するまでに3週間かかり、それから別の1週間が街を占領するためにかかりました。2ダース分の自動車による自爆攻撃が行われました。彼は軍の補給上の問題で、砂の障害物を造るために土木機械が1台しかなく、それはしばしば故障し、狙撃兵がタイヤを撃ちました。

 彼はその欠陥の一つが、バイジで警察軍のファイサル・マリク・アル・ザメル中将(Lt. Gen. Faisal Malik al-Zamel)が死んだことだと主張します。砂の障害物はなく、タイヤとフロントガラスを装甲板で保護し、爆弾を積んだトラックに乗った自爆犯が、11月7日、ザメル中将が開墾地に立って電話で話しているときに襲いました。「彼の部下は彼に装甲車の中に戻るように叫びましたが、彼は十分早く動けませんでした」と現場にいたサーディ中将は言いました。

 サーディ中将はアメリカ人が過激派を打ち負かすために同盟国の空爆作戦でイラクを助けることに本気かも疑いました。「時々、彼らは私がまったく要請していない空爆を行い、別の時には1回の空爆を求めたのに、彼らはしようとしませんでした」「私はイラク政府や軍を信頼しているとは思いません」。

 また、サーディ中将がバグダッドとの唯一の通信手段が携帯電話で、電波が通じないときは空爆を要請できませんでした。

 結局、彼の戦略は成果をあげました。バイジは11月中旬に奪還し、作戦全体の損失は死者12人と、負傷者約30人でした。一方で、彼はイスラム国戦闘員1,500人を殺したと見積もります。警察緊急展開軍のアヤド・アル・リヘイビ准将(Brig-Gen. Ayad al-Leheibi)は見積もりに賛同し、サーディ中将の詳細の大半を認めました。リヘイビ准将と約120人の部下はバイジ作戦でサーディ中将と共に戦いました。

 現在、サーディ中将は勝利がひっくり返される危険を心配しています。すでに、イスラム国民兵はバイジの周辺に戻っていて、彼は街を維持するための残された部下が少なすぎると言いました。増援部隊の一つはベイジに来る途中で攻撃され、すばやく撤退したと、彼は言いました。次の50人程度の部隊は街へ辿り着きましたが、民兵による夜襲を受けました。「多くの混乱とパニックがあり、彼らは暗闇で互いに撃ち始めました」「我々は作戦全体で失ったのに近い10人を失いました」。


 記事は作戦面に限定して一部を紹介しました。

 少し前の記事ですが、読むに値するものを沢山持っています。

 バイジ戦がこの通りなら、サーディ中将は名将といえる指揮官です。部下の損失を最小限に抑え、大量の敵を殺したのですから。その彼がぼやくのですから、イラク軍の中身はよほどひどいのだろうと想像できます。

 戦闘員225人、エイブラムズ戦車1両、迫撃砲2門、砲兵隊2個、武装ハンヴィー40台。この戦力はバイジ程度の街を占領するのには十分とはいえません。東西南北に幅約3.7kmの街に少なくとも1,500人が潜伏しているのです。イラク軍は7倍程度の敵に勝ったことになります。よほど砲兵をうまく使い、着実に占領を拡大する策を使ったのだろうと思いますが、それでも脅威的な成果です。普通なら戦死12人程度で済む戦闘ではありません。

 つまり、適切な指揮の下では、イラク軍はイスラム国に勝てるのです。逆に言えば、1,500人以上の男たちが225人にやられるのですから、イスラム国の戦闘力は恐れるに足りないということです。

 サーディ中将の見解からすると、イラク軍には予想されているとおり、かなりの問題がありそうです。 それさえ解決できれば、イスラム国を打倒できるはずです。しかし、それは難しそうです。かつて、米軍が手を焼いたイラク軍の腐敗が簡単に直るはずはありません。当サイトでも飽きるほど紹介した腐敗ぶりなのです。簡単な解決法はありません。

 


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