日刊ゲンダイのアルジェリア人質事件報道への疑問

2015.12.5


 日刊ゲンダイが報じた2013年1月16日早朝に起きたアルジェリア日本人人質事件に関する記事には疑問があります。(記事はこちら

 記事は編集部が入手したアルジェリア軍と武装集団とのやりとりを傍受した録音テープが、人質はアルジェリア軍がテロ組織と一緒に無差別爆撃して死亡したことを示しているといいます。

 しかし、記事に具体的に書かれているのは「アルジェリア軍と武装集団とのやりとり」ではなく、以下に引用したように「アルジェリア軍や武装集団のやりとり」というべきものです。これは表現上の問題で、記事が言いたいのは後者と思われます。

 「この流出テープには、武装集団のひとりが、リーダーのベルモフタールに指示を仰ぐ様子などが録音されているほか、アブドゥル・アフマンという名前のテロリストが『軍は約束を破った。俺たちを騙した』『仲間と人質を乗せていた他の車両も攻撃に遭って全員殺された』と叫ぶ声が残っています。また、アブドゥル・ワハブという政府軍の現場指揮官らしき人物が『人質を連れた武装集団の車をヘリで爆撃した』と上司に報告する声も録音されていました。会話はフランス語やアルジェリアの方言が使われていて、極めて信憑性は高いのです」(軍事ジャーナリスト)

 この録音テープが本物かどうかは公開されている肉声と「非常に似ている」と専門家が述べたというだけで、声紋鑑定は行われていないようですから、信憑性は確実ではなく検討が必要です。しかし、議論の都合上、ここでは本物だと仮定します。

 アルジェリア軍が人質を乗せた車を攻撃したことは、当時も報道されたことで既知の事実です。1月17日にアルジェリア軍はヘリコプターによる空爆を行っています。そして、攻撃された車に日本人は乗っていませんでした。

 日本政府を批判する記事でありながら「アルジェリア軍は強行突入し、結果、日本人を含む多くの人質の死亡が確認された。」と政府の筋書き通りの解釈をしている点も問題です。アルジェリア軍は人質解放の交渉を行っていました。当時、alarabiya.netがその模様を報じていることを当サイトは紹介していました。アルジェリア人の人質は携帯電話を犯人達に取り上げられなかったので、軍幹部が犯人と交渉に来たところを撮影していたのです。以下に引用した記事にはビデオ映像も添付されており、見ることができます。

テロリストは「我々は彼ら(人質)を一人ずつ殺す」と言いました。アルジェリア軍は落ち着いた声で解決を目指して答え、「我々は人質を解放する対話をしたい。そうすれば我々は不介入を選ぶ」。人質犯は「介入を望まないのなら、この地域の包囲を解け」と言いました。「人質を解放して欲しい」と軍将校は毅然と答えました。(元記事はこちら

 ビデオが撮影された日時は分かりません。この交渉の後、一部の犯人が人質と共に逃げたのかもしれません。それをアルジェリア軍が攻撃したと考えることができます。記事に書かれた無線の内容は、この時のものと考えられます。そうだとすると、アルジェリア軍の交渉があり、犯人の交渉拒否があり、その後に犯人が妥協し、政府軍が攻撃しないと考えて逃げた犯人がヘリコプターによる攻撃を受けたという順序になります。この辺の経緯は必ずしも明らかではありません。政府側は不介入を人質全員解放が前提と考えていたかもしれません。犯人は一部の人質を連れて逃げたのですから、政府側は前提が成立していないと考えたかもしれません。日本政府がアルジェリア政府から公式な報告書を受け取っているかは不明です。結論を出すには最低でも報告書を読む必要があります。

 また、日本人の人質がこの空爆と関係のないところで死亡していることは目撃者の証言で明らかです。以下は当サイトが掲載した目撃証言です。人質になった10人中9人について死因を理解することができます。

1月21日付の記事(記事はこちら

 特殊部隊がガス施設を襲撃した翌日、「全部で9人の日本人が殺されました」と、ブラヒム(Brahim)というアルジェリア人の目撃者は言いました。最初の3人は、武装勢力の攻撃が行われたとき、空港へ彼らを運ぶバスから逃げようとしたので殺されたと、目撃者は言いました。「我々は水曜日の5時30分に銃声を聞いた時、彼らがバスから逃げようとした我々の日本人の同僚を殺したと分かった後、恐ろしく感じました」と、リアド(Riad)といい日揮社員は言いました。ガンマンたちは他の者たちを、彼らが数百人の人質をとった居住区へ連れて行きました。「テロリストは『ドアを開けろ!』と強い北米のアクセントで叫び、発砲を始めました。それから日本人2人が死に、私たちは(施設の中で)別の日本人4人の死体を見つけました」と彼は付け加えて、感情が高ぶって息を詰まらせました。東京では外務省は「我々はこの種の情報にはまったくコメントしない立場です。ご理解ください」と言いました。

2月4日付の記事(記事はこちら

 毎日新聞の記事では、イン・アメナスの病院関係者への取材では、日本人2人が政府軍の空爆の犠牲になり、少なくとも5人が射殺されたと書いています。

 J-CASTニュースでは、アルジェリア人の人質、ソフィアンさんは、16日朝に、少なくとも4人の日本人を見ました。うち1人はケガをしていました。「禅のように静かでパニックにもならず、勇敢で、威厳に溢れていた」。日本人を含む外国人の人質は全員、VIPルームと呼ばれる建物の外に並べられていました。首と腰に爆弾を巻かれ、一本の黄色のケーブルで数珠繋ぎにされ、ケーブルの両端を一人の実行犯が持っていました。

 産経新聞によると、犠牲者の遺体を司法解剖した警察の捜査関係者によると、少なくとも1人の遺体は激しい銃撃を受け、多数の傷があった。そのほか複数の遺体にも銃で撃たれた痕があり、頭を撃たれた人もいた。体に金属片が残っており、爆発に巻き込まれて死亡したとみられる遺体もあったとしています。

 時事通信は、人質となったモハメド氏の話として、「日本人人質が大声を出したり、動いたりしたため、犯人グループのリーダーが射殺を命令した」、リーダーに人質殺害を命じられた犯人グループは「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫びだし、日本人4人前後を即座に射殺、残りを拘束し続けたと書いています。さらに、16日に犯人グループはまず、逃げようとしたとみられる日本人4人を射殺したことが分かっていた。今回の証言で明らかになった新たな殺害状況と合わせ、邦人犠牲者の多くが事件初日に殺害された可能性が強まったとの見解も示しました。

 以上を考えると、日刊ゲンダイは信憑性の高い証拠を手に入れたものの、それは既知の事実を裏づけるだけで、目新しいものではないということになります。記事は「実際はアルジェリア軍がテロ組織と一緒に無差別爆撃して死亡した」と書いています。しかし、日本人の死因については、すでに様々な情報があり、特に疑問を持つべき内容はありません。人質は事件初日に殺害されていた可能性が高いため、17日の空爆で死んだとする日刊ゲンダイの主張は成り立たないことになります。

 日本の軍事・安全保障関連の報道は「ガラパゴス化」していると、私は考えます。海外での認識とあまりにかけ離れた報道が先行しています。孤立しているのです。音声テープを入手したのはよいのですが、その読み解き方、既知の情報との称号と分析を忘れたため、非現実的な結論で終わってしまったのです。

 


Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.