外務大臣が後方支援の自衛官は捕虜になれぬと宣言

2015.7.3


 時事ドットコムによれば、岸田文雄外相が1日の衆院平和安全法制特別委員会で、集団的自衛権で派遣され、後方支援に関わる自衛官はジュネーブ条約上の捕虜になれないと珍論を披露しました。

 岸田外務大臣は海外で外国軍を後方支援する自衛隊員が拘束されたケースについて、「後方支援は武力行使に当たらない範囲で行われます。自衛隊員は紛争当事国の戦闘員ではないので、ジュネーブ条約上の『捕虜』となることはありません」と述べ、抑留国に対し捕虜の人道的待遇を義務付けた同条約は適用されないとの見解を示しました。

 ただ、拘束された隊員の身柄に関しては「国際人道法の原則と精神に従って取り扱われるべきだ」と語りました。辻元清美氏(民主)への答弁。


 この岸田外務大臣の発言は理解できません。後方支援なら戦闘員ではないという考え方は聞いたことがありません。補給などの支援部隊は最前線の戦闘部隊とジュネーブ条約上の立場は同じです。

 武器弾薬の輸送中に敵に攻撃され、補給部隊の隊員が拘束されるケースは米軍のイラク侵攻でも発生しており、たとえば、イラク軍は2003年にジェシカ・リンチ上等兵を捕虜にして怪我の治療もしました。攻撃を生き残った米兵を治療したのはジュネーブ条約を適用したためと考えられます。

 「准尉」という階級があります。米軍では民間人を尉官待遇で採用する場合に使われる階級です。准尉は戦闘をする義務はなく、非戦闘部隊に配属されます。例えば、鑑識の技術を持つ人が犯罪調査部に配置されたりします。この准尉について、米軍人にジュネーブ条約上の立場を尋ねたところ、准尉はジュネーブ条約上は戦闘員であるとの答えが返ってきました。ジュネーブ条約は軍人の役目によって戦闘員であるかどうかの区別はしません。

 ジュネーブ条約上、集団的自衛権で派遣される自衛隊は一体化して紛争当事国とみなされます。自衛隊が日本国内では軍隊ではないとされながらも、国際法上は軍隊として扱われるというのが通説です。

 それと同じで、日本国内では後方支援は戦闘行為ではないと定義しても、国際法上は戦闘行為とみなされます。派遣部隊の内、戦闘部隊にはジュネーブ条約を適用し、後方支援部隊には適用しないなんて条文はジュネーブ条約のどこにもありません。「捕虜になれない自衛官は処刑されてしまう」。いま、ネット上ではそんな議論が花盛りですが、ジュネーブ条約上はそういう心配は無用です。

 しかし、ジュネーブ条約を尊重しないテロ組織はどうでしょう?。イスラム国が自衛官を捕虜にしたら処刑する可能性が高いでしょう。ロシア軍ならジュネーブ条約を守るかも知れません。つまり、何が起きるのかは相手によりけりということです。安保法制の内容よりも、どこにどんな任務で自衛隊を派遣するか、政府の決定如何で結果が決まるということです。また、捕虜を人道的に扱う軍隊でも、最前線では敵兵が捕虜にせずに殺したり、虐待する場合もあります。そういう点で、自衛官が処刑されることはあるかも知れませんが、それはジュネーブ条約とは関係がないところで起こります。

 岸田外務大臣の真意がどこにあるのかは不明です。なんにせよ、独自の解釈を打ち出したところで、何の意味があるのかが分かりません。捕虜になれない自衛官も人道的に扱われるべきだと言ったところで、政府が正式に捕虜になる権利を認めないのですから、これは自衛官を殺してくれと敵に言っているようなものです。自衛官にも「自己責任」を適用するということでしょうか。それとも、捕虜になる前に自決しろというのでしょうか。

 この程度のレベルの日本政府が海外での戦争を行った時、どのような混乱が生まれるのか、考えただけでも恐ろしくなります。

 参考までに、防衛省のサイトに掲載されているジュネーブ条約の第3条約(捕虜条約)のリンク先を書いておきます。第4条と第33条を特に注意して読んでください。(リンクはこちら

 


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