水爆実験で強制収容所が全滅と主張する人

2016.1.13


 北朝鮮が行った水爆実験とされる出来事に、途方もない話を書いている者がいます。坂東忠信という元警察官です。北京語通訳捜査官だったとのこと。しかし、情報分析の基礎は持ち合わせていないようで、矛盾する情報を垂れ流しにしています。文章も漫談調で、真剣さが感じられません。

 こうしたデマを否定するために貴重な時間は使いたくないけど、大事なことでもあります。文章の全体像が気になりますが、すべてを書く時間はないので、肝心要のところだけ書きます。

 出典は「坂東忠信 太陽にほえたい!」から下記の2件です。なお、文中の「坂東学校」とは、坂東氏が運営する有料メールマガジンのことです。

(A)
「水爆」核実験は集団人体実験の可能性、大。
(B)
北の核実験は、政治犯収容者のご冥福をお祈りするレベル。

 強制収容所が被害を受けたという部分の説明は以下の通りです。

(A)
坂東学校ではすでに、昨日の北朝鮮核実験の現場をほぼ特定、時系列でこれをお知らせしておりますが、この実験、水爆ほどの規模ではないにしろ・・・

付近の強制収容所を巻き込んだ人体実験の可能性が高いことが判明。

(B)
前回の拙ブログにて、北朝鮮の核実験に関し、8km離れた場所にある強制収容所がまるこげではないか、犠牲者が出ているのではないかとお伝えしておりましたが・・・

 かかる状況はあり得ません。

 坂東氏が特定しなくても、核実験場の位置は既知の事実として知られていますし、爆発の震央はすでに各国の当局から発表されています。

 地下核実験は地表に大きな影響を及ぼしません。爆発が大きければ地表が少し盛り上がり、クレーターができるくらいのものです。小さい爆発では地面に僅かな揺れが見られるくらいです。映像を見れば一目瞭然です。下は5メガトンもの巨大な核爆弾の実験映像です。一瞬ピカッと光るのが分かります。

 爆発でクレーターができる映像です。こちらは発光は見られません。

 地面下の浅いところで起爆すると、炎が地面を突き破る事例もあります。

 以上を見れば分かると思いますが、地下核実験では地表を丸焦げにするような熱線は出ないものなのです。なにより、北朝鮮監視サイト「38north」はこの付近の衛星写真を入手し、分析結果を公表しています。内容は当サイトで紹介したとおりです(記事はこちら)。公表された写真には雪が降った山岳地帯が写っており、焦土にはなっておりません。

 坂東氏が第16強制収容所とする施設は北朝鮮では「第16号管理所」と呼ばれています。2万人を収容する広大な施設ですが、その西端部分が核実験場に近いと坂東氏は言います。しかし、私が計測したところでは、距離は8キロではなく15キロであり、しかも山の稜線で遮られています。核爆発の影響があるとは思えません。「US」「SK」はアメリカと韓国が観測した震央の位置です。

写真は右クリックで拡大できます。

 坂東氏が中国人の証言をどう入手したかは分かりませんが、これらは中国人のブログなどからの引用のようです。メディアもSNSに掲載された類似する投稿を報じており、坂東氏は語学力を利用して、それらを読んだのでしょう。しかし問題はそれを分析せず、垂れ流しにしていることです。

(A)
というのも、80km離れた中国国境の朝鮮族の自治区では、
「窓が光った」「びっくりして死ぬかと思った」
「すごい音がした」「慌てて上着を持って飛び出してしまった」
・・・などの報告があるのです。

(B)
揺れは吉林省吉延市、琿春市、長白県(中国では県より市のほうが格上)などで、「驚いて慌てて上着を取り、子供を連れて外に出た」などの驚きの様子が伝えられています。

中国側の吉林省長白市では「眩しくてびっくりした」「店の入口が眩しくなった」「びっくりして死ぬかと思った」など光に関する声が伝えられています。

 実験場から琿春市までは約200km、長白県までは75km(坂東氏によると80キロ)、吉延市は180kmもあります。

 メディアは揺れを感じたという証言は報じていますが、光を見たとの証言は一つも報じていません。広島市に落ちた原爆の閃光は70キロ離れた松山市でも見えたといいますが、これは平坦な地形の600メートル上空で爆発させたからです。広島市に投下された原爆は15キロトン、北朝鮮の水爆はその半分以下の7キロトンと推定されています。しかも周辺は山岳地帯です。威力が弱い地下爆発で光が届くかは疑問です。 地表に光が漏れたのなら、何らかの痕跡が地表に残った可能性がありますが、「38north」によると、まだ見つかっていません。従って、光を見たとの証言は慎重に考察すべきなのですが、そんな形跡は微塵も見られません。自分が手に入れた情報を面白おかしく書くことは、特に戒められるべきです。

 


Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.