空自初のドッグファイトはあったのか?

2016.6.30


 産経新聞が元航空自衛隊航空支援集団司令官の織田邦男元空将が28日にインターネットのニュースサイト「JBPress」に「東シナ海で一触即発の危機、ついに中国が軍事行動 中国機のミサイル攻撃を避けようと、自衛隊機が自己防御装置作動」という記事を発表し、他のメディアもこれに追随しました。しかし、このドッグファイト(空中戦)が本当に起きたのかは疑問です。

 記事で問題となる部分は以下のとおりです。

 これまで中国軍戦闘機は東シナ海の一定ラインから南下しようとはせず、空自のスクランブル機に対しても、敵対行動を取ったことは一度もなかった。

 だが今回、状況は一変した。中国海軍艦艇の挑戦的な行動に呼応するかのように、これまでのラインをやすやすと越えて南下し、空自スクランブル機に対し攻撃動作を仕かけてきたという。

 攻撃動作を仕かけられた空自戦闘機は、いったんは防御機動でこれを回避したが、このままではドッグファイト(格闘戦)に巻き込まれ、不測の状態が生起しかねないと判断し、自己防御装置を使用しながら中国軍機によるミサイル攻撃を回避しつつ戦域から離脱したという。

 ドッグファイトが起きた時期が明記されておらず、記事の他の部分と照らし合わせると6月中らしいというだけです。29日の毎日新聞は「<中国軍>空自機に攻撃動作 空自OB指摘」という記事の中で、織田元空将の話として「中国機の動きは少なくとも16日以降、続いているようだ」と書いています。

 場所も東シナ海上としか分かりません。空自がスクランブルするのは防空識別圏内に入りそうな場合ですから、多分、その辺なのでしょう。

 気になるのは「自己防御装置を使用しながら中国軍機によるミサイル攻撃を回避しつつ戦域から離脱した」という部分です。自己防御装置は「フレア」という熱源を放出し、熱を追尾するミサイルの照準を逸らす装置です。これを放出したということは、中国軍機がミサイルを発射したことになります。実際、ミサイル攻撃を回避したと記事に書いてあるのですから、ミサイル攻撃が行われたことになります。

 軍事常識からいって、哨戒任務の最中にパイロットが勝手にミサイルを発射することはありません。また、日本にとっては、明白な加害行為を受けた訳で、中国政府に抗議しない理由はありません。黙っていれば、日本は攻撃されても黙っていると認めることになるからです。当然、国際的な問題として世界に発表しなければならないような重大問題です。参議院選挙が近いから、発表は控えるというレベルの問題ではありません。国際世論が味方につくことが分かり切っている事案であり、むしろ、いま公表した方が与党にとっては有利に働く案件であるはずです。

 先の毎日新聞は織田元空将によるドッグファイトの詳細を書いています。

 織田氏は毎日新聞に対し、攻撃動作とは中国機が、後ろから近づいた空自機に対して正面から相対するような動きを見せ、さらに追いかけるような姿勢を見せ たことだとした。空自機の自己防御装置は、熱源を感知するミサイルから逃れる花火のようなものをまく「フレア」だったとして、かなり近距離だったのではと指摘した。

 織田氏は記事で「空自創設以来初めての、実戦によるドッグファイトであった」と書き「上空では毎日のように危険極まりない挑発的行動が続いているという」とした。

 30日付けの産経新聞「中国機『前例ない接近』 東シナ海、空自機を正面から威嚇 政府関係者認める」では、次のように説明されています。

 スクランブルをかけた空自機は中国機の周囲を大きく回り込み、後方から真横につけるポジショニングを試みた。中国機パイロットの顔が見える位置から信号射撃などを行い、退去を呼びかけるためだ。

 しかし、中国機は想定外の行動に出る。大きく回り込もうとする空自機に対し機首を向け、正面から向き合う体勢をとったのだ。織田氏は「これはいつでもミサイルを撃てる戦闘態勢で、事実上の攻撃動作といえる」と指摘する。

 この説明は支離滅裂です。空自機は中国機に警告すべく、後方から接近しました。それに対して中国機は正面から正対しからすれ違い、さらに空自機を追いかけたというのです。

 つまり、空自機は前方で旋回する中国機を眺めているだけで、後方に回り込まれて、レーダーでロックオンされてから、慌てて回避機動をとったことになります。どう考えても対処が遅すぎ、事実とは考えられません。中国機が機動を行えば、空自機も機動を行ったはずです。

 敵機の後方は最も攻撃に適した場所で、そこにいたのに、やすやすと中国機に背後を取られたのであれば、それは空自パイロットの技量が足りないことになり、問題は中国よりも空自にあるといわざるを得ません。

 第一、空自機はかなり中国機に接近していたはずですから、そこで中国機が垂直方向であれ、水平方向であれ、旋回すれば旋回中に空自機が中国機を追い抜いてしまう可能性もあります。正対するような動きは考えにくいところです。

 また、正面からミサイルを撃っても、相対速度が大きすぎてミサイルは命中しにくいものです。接近していたという説明からも、ミサイルを使う距離ではなく、機関砲が使われる状況でなければなりません。

 以上のように、織田元空将の説明は不合理であり、納得がいきません。元戦闘機パイロットとは思えない内容といわざるを得ません。

 恐らく、中国軍機がいつもより空自機に接近した程度の事実はあったのでしょう。政府関係者から「あれだけの距離に接近したのは前例がない」(産経新聞)との声が出ています。それに尾ひれがついたのが真相と考えられます。

 この報道に反応して、中国軍がいよいよ日本への攻撃、尖閣諸島の占領に乗り出したかのような主張を展開する人たちもいますが、口を開く前に、記事の中身を分析して欲しいものです。

 今回の事件は大きな戦争がはじまる時の様相とはまったく異なっています。

 アメリカの新聞王、ウィリアム・ランドルフ・ハーストは、偽の記事を書かせて米西戦争を引き起こしたといわれていますが、いまや日本にそういう動きが起きている訳です。

 


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