南スーダンで駆けつけ警護なんて無意味

2016.8.8


 JNNによれば、3月に施行された安全保障関連法で可能となった「駆け付け警護」など新しい任務について、自衛隊が訓練を開始することが政府関係者への取材で分かりました。

 安全保障関連法では、PKO=国連平和維持活動に参加する自衛隊が、離れた場所にいる国連職員などを救出する「駆け付け警護」などが新たに認められました。

 政府はこれまで参議院選挙への影響を考慮して、自衛隊への新しい任務の付与だけではなく、そのための訓練も見送ってきました。しかし、選挙が終わったことから、今年11月に南スーダンのPKOに派遣予定の11次隊に参加する陸上自衛隊・青森駐屯地の部隊が訓練を開始することになりました。今週にも正式に発表します。


 当サイトで繰り返し紹介してきた南スーダンの状況の中で、自衛隊が他の基地の職員を救出する駆けつけ警護がどんな意味があるか、これを決定した人たちは考えたことがあるのでしょうか。

 まず、状況面から考えます。

 再三繰り返しているように、キール大統領がマシャル第一副大統領を殺そうとしたのが今回の戦闘の動機です。その前にも同じようにして、ジュバで戦闘が起きていて、その時もキール大統領はマシャルが自分を殺そうとしたと主張しました。前回もキール大統領の陰謀だった可能性が高く、キール大統領のマシャル副大統領を殺さんとする意志はかなり強いと思われます。

 そして、戦闘はすでにジュバ以外、北部にも及んでいます。民族浄化と思える事件も多発しています。南スーダン全土で全面戦争が起きる要素が整っています。

 このような状況で、駆けつけ警護を行えば、何が起きても不思議ではありません。いずれかの派閥が国連施設を襲撃して、自衛隊がそこへ駆けつけて戦闘をする。駆けつける途中の自衛隊が、いずれかの派閥により敵と誤認されて攻撃を受ける。南スーダン軍が市内各所に設置した検問所を突破しようとした自衛隊が攻撃を受ける。こういった展開が容易に予測されます。

 自衛隊はジュバ北部の空港におり、ジュバの中心部や南部に国連施設があります。その途中に大統領宮殿がありますから、南スーダン軍はここを重点的に警護するはずです。そういう場所を自衛隊の部隊が通過できるのかという問題があります。

 武装ヘリコプター、情報収集のための多目的ヘリコプターを派遣部隊は持っていません。上空からの支援は皆無です。市街地で周囲を囲まれた場合、上空から状況を確認したり、敵を攻撃することはできません。

 1993年、ソマリアの首都、モガディシュで起きた米軍のレンジャー部隊とデルタフォースが関与した市街戦では、こうしたヘリコプターの支援を受けながらも大きな損害を出しました。自衛隊にはそのヘリコプターすらありません。(モガディシュの戦闘についてはこちら

 南スーダン軍は銃器の他にRPG、戦車、重砲、武装ヘリコプターを持ち、豊富な兵数があります。自衛隊には拳銃、小銃、分隊支援火器、装甲車しかなく、精々、数百名の隊員しか持ちません。戦力面でも大きな差があります。

 現在、南スーダンで必要なのは、対立するキール派とマシャル派の軍隊を分けるために緩衝地帯に配置される国連部隊です。駆けつけて救出する任務ではなく、常駐警備であり、必要性が薄いという問題があります。政治上の理由で、必要がない任務を与える意義はありません。

 はっきり言えば、状況は最悪です。モガディシュでも、敵に包囲された味方を助けるために、味方がさらに犠牲になるという悪循環が生まれました。レンジャー部隊とデルタフォースは、最終的に徒歩で国連基地まで逃げ帰りました。

 現在の派遣部隊の任務自体も疑問です。

 派遣部隊の大半である施設部隊は、建設作業のために現地にいますが、戦闘が続いて基地外に出られないので、実質的に活動をしていません。こういう状況がいつ改善されるかも分からないのに、現地に居続ける意味はありません。

 キール大統領は追加の国連部隊を受け入れる振りをしながら、マシャルを殺す次の機会を狙っています。和平合意から僅かな期間で全面戦争に逆戻りした南スーダンにいつ平穏が訪れるかは予測がつきません。それまで、ずっと仕事ができない施設部隊を派遣し続ける意味がどこにありますか?。

 国連部隊はこれくらいで住民を見捨てないから、撤退すべきでないとの意見も聞きますが、派遣隊に現地住民を守る任務は与えられていないのだから、そもそも見捨てるとの認識が間違っています。

 派遣部隊に与えられた任務は建設工事であり、駆けつけ警護が与えられた後でも国連職員を守ることであり、現地住民を守れとの任務は存在しません。

 もともと守る気がないのだから、見捨てることもあり得ません。

 施設部隊は作業不能の状態であり、一時撤収するのです。治安が回復したら、また派遣する余地が生まれます。駆けつけ警護の任務がなければ、警備部隊も一緒に撤収することになります。しかし、駆けつけ警護をすることで、仮に施設部隊が撤収しても、警備部隊は現地に残ることになります。 

 日本が本気で南スーダンを支援したいのなら、別の形でいくらでも行えます。和平合意に反する行為をするなと、南スーダン政府に日本外務省が圧力をかけるのも有効な支援の形です。日本政府は日本の国益のために、自衛隊を派遣しているという実績を作りたいだけだから、部隊を撤収させたくないのです。そもそも、派遣の動機に正当性がないのです。

 首都付近は安全として旧民主党が派遣を決めた時に比べると、状況はどんどん悪化しています。日中戦争を戦っているつもりが、いつのまにか太平洋戦争に拡大していたという、過去の失敗と同じことがまた繰り返されています。そして、それに日本国民が気がついていない点でも、過去と共通しています。

 すべては政治家たちが考えている安全保障政策がデタラメだからです。それに文句を言わない国民にも「何もしていない罪」があります。

 


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