火星12号に関するアナリストの見解 その2

2017.5.18
追加 2017.5.19 4:45


 CNNが北朝鮮が打ち上げた火星12号について、アナリストが性能を分析した記事を掲載したので、その中から重要な部分を箇条書きで紹介します。

 アナリストは「the James Martin Center for Nonproliferation Studies」と「Middlebury Institute of International Studies at Monterey」の研究員、デビッド・スメーラー(David Schmerler)です。

  • 金正恩が見える映像に落下地点がロシアであることを示し、発射地点が北緯40度04分東経125度12分であることを示した地図がある。
  • 火星12号は高度2,111.5kmに達し、射程は787km。最大射程は4,500kmと推定され、グアムまで届く。
  • 弾頭部分のノーズコーンに地上にデータを送る「テレメタリーアンテナ」がある。
  • ミサイルの進行方向の反対方向に噴射する個体式小型モーターの「レトロロケット」がある。
  • 旧式のソ連の設計に基づいておらず、最初から北朝鮮人エンジニアが設計したと考えられる。
  • 一段式ロケットと考えられる。多段式ロケットである証拠はない。
  • 今年3月に西海岸の発射基地で試験されたエンジンを搭載していると考えられる。
  • 金正恩はこのエンジンを、「かつて見たことがないもの」と特徴づけた。
  • 大型の主エンジンが4つの「バーニヤスラスタ」に囲まれている。
    バーニヤスラスタはロケットの高度を正確に修正するために向きを変えるようになっている。
  • ロフテッド軌道で打ち上げたのは、この結果から最大射程での結果を計算できるから。北朝鮮は以前のような日本上空を越えるテストはしていない。
  • 北朝鮮は限られた輸送起立発射機(TEL)しか持っておらず、TELを製造できる証拠はない。
  • TELを使って打ち上げなかったのは、実験が失敗してTELを破壊するのを防ぐため。
  • 映像にはミサイルから離れた場所にTELがいるのを示す。

 リンクした記事には重要な写真と動画が載っていますので、それも確認してください。テレメタリーアンテナやレトロロケットの位置がわかります。私はこの分析を基本的に支持します。下の時事通信の映像も見てください。

 私はこの分析を基本的には支持します。今年新しく実験されたエンジンが搭載されていて、先日の軍事パレードで展示されたロケットであることは間違いないと考えます。

 レトロロケットは逆噴射してロケットの速度を落とし、再突入を行うための装置です。つまり、宇宙に打ち上げるミサイルではなく、地上の何処かに落下させるためのミサイルです。テレメタリーアンテナは弾頭の軌道を記録するためのデータを送信するための装置ですから、このミサイルは間違いなく弾道を調べるために打ち上げられているということになります。

 ロフテッド軌道で打ち上げたことを、防衛省は迎撃を困難にするためだと言いました。マスコミもその線で報道しています。しかし、その原因はおそらく防衛省自身にあるのです。

 テポドンが日本上空を通過するたびに日本が大騒ぎして、防衛省が常時迎撃命令を出している以上、実験データを確実に記録するためには、日本の上空を通過させないことが必要です。迎撃されたら、データの記録はそこで終わってしまいます。そこで、ロフテッド軌道で打ち上げて、その結果を下に、通常の軌道で打ち上げた場合の軌道を数値計算で算出するわけです。

 「迎撃困難」との主張は防衛省や内閣が新しい迎撃ミサイルを手に入れる理由として好都合だからなされたと考えるべきです。

 火星12号が本当に意味するのは、ついに北朝鮮が自分たちでロケットを最初から設計できるようになったということです。テポドン2号は旧ソ連のロケットを束ねたクラスターエンジンを用いたため、ロケットの長さと直径の比率が非効率的だといわれていました。今後はもっと効率的なロケットが設計できることを、火星12号は示しています。いまは液体燃料でもやがて固体燃料のロケットが誕生するかもしれません。

 姿勢制御システムに飛躍的な向上があったことも重要です。テポドン2号は噴射口の中に噴射ガスの方向を変える板があるジェットベーン方式でした。これをより効率的な噴射口自体の方向を変えるジンバル方式では打ち上げに失敗しました。今回、より小型のミサイルとはいえ、主エンジンの周辺に配置した4基の小型エンジンの向きを変えて姿勢を制御する複雑なシステムを実現したことは大きな進歩です。 これが本当の「脅威」です。

 発射位置は亀城市(クソン)で「北緯40度04分東経125度12分」には強制収容所らしい建物があります。実験には不向きな場所に思えますが、どうやらここが実験場らしいという証拠もあります。

 ロケットの向こうに並木道と家屋が並んでいるのが見えます。

図は右クリックで拡大できます。

 ロケットの背後に2つの橋梁が見えます。

図は右クリックで拡大できます。

 強制収容所の入口にも、並木道、類似した家屋、3つの橋があります。そこから推測すると、水色の円の付近が発射地点と思われます。

図は右クリックで拡大できます。

 現場を俯瞰したところです。水色の円が推定発射地点です。並木道の先に並んでいるのが強制収容所と思われる場所です。左端の小さな家が並んでいるのが居住区で、大きな建物は工場と思われます。収監者はここで強制労働をさせられているのです。ただし、この工場はミサイルを造っているのではないと思われます。工場から長いミサイルを搬出するための道路がありません。

図は右クリックで拡大できます。

 なぜここを選んだかというと、射程を確保するためです。あまり中国国境にも近くなくて、東方への射程を確保できる場所として選ばれたのでしょう。それにしても、収監者たちが飛んで行くロケットをどんな気持ちで眺めたのかと思うと、胸がつまります。

 火星12号に対する日本の反応は、例によって情けないものでした。

 5月15日に佐藤正久参議院議員はフェイスブックに次のように書き込みました。佐藤氏が写真と呼んでいるのは、(投稿はこちら

 【昨日の北朝鮮弾道ミサイル発射の労働新聞掲載写真】
一枚目の写真を見て分かるのは、①炎の形状から液体燃料の可能性が大、②TELが見えない。仮にTELでなく地上発射式でかつ液体燃料であれば、衛星から事前の発射兆候をある程度見つけることは可能。実際に土曜日の段階で、発射の動き報道もあった。
二枚目の写真から見て分かるのは、①ロフテッド射撃、②他国への影響を考慮して高さと落下地点を決定、③北朝鮮の陸地から海に出る地点を最高高度になるような射撃。即ち、かなり計算されたデリケートなロフテッド射撃が可能な能力を保有している可能性が高い。
この認識の下に、しっかりとした防衛態勢をつくる必要がある。危機は新たな段階だ。

 スメーラー氏の分析と比較してみてください。当たっているのは液体燃料、ロフテッド射撃の二点だけで、他の見解は見るべきところがありません。

 TELが写真に見えないから、火星12号が地面に直立させるタイプのミサイルと考えるのは笑止千万です。これだけの大きさの物体を直立させるには、地面にしっかりとした台が必要で、水平がとれている必要もあります。そんな方式では発射するのに時間がかかるのは明白で、これが実験用の発射方法であることに、すぐに気がつかなければなりません。TELで運んでおいて、地面に設置した台の上に立てるのでは、TELの存在意味がありません。スカッドと違い、火星12号はまだ打ち上げ実績がない試作品です。TELから発射しないのは当然です。

 地上発射型だから偵察衛星でみつけられるという話も納得できません。今回、打ち上げの準備を探知したのは韓国軍と米軍で、自衛隊ではありませんでした。日本の情報収集衛星の性能と解析要員の人材不足では、こうした打ち上げ準備は探知できないでしょう。「実際に土曜日の段階で、発射の動き報道もあった。」というコメントは、日本に探知能力がないことを露呈しています。

 「朝鮮の陸地から海に出る地点を最高高度になるような射撃」と分析めかしていますが、なんの意味もありません。ロフテッド射撃は上昇と下降の水平距離がほとんど同じなので、たまたま最高点が海岸線付近になっただけの話です。そこには特に意味はありません。

 「他国への影響を考慮して高さと落下地点を決定」と、防衛省の常時破壊命令が影響していることには気がついていないようです。少なくとも、常時破壊命令は日本にミサイルが飛んでこないようにするだけの効果はあったのだから、ここは自慢してもよいくらいです。

 「かなり計算されたデリケートなロフテッド射撃が可能な能力を保有している可能性が高い。」と、ロフテッド射撃を高度な技術と位置づけ、新しい迎撃ミサイルの導入につなげたいのでしょうが、これは特に難しい技術ではありません。

 ロフテッド射撃では弾頭の速度は更に増します。それだけ弾頭にかかる負荷も高く、それに耐える再突入体を造る技術がないといわれる北朝鮮には技術的課題となるはずです。

 このように検討すべき事柄はたくさんあります。しかし、日本政府は迎撃ミサイルの導入(敵地攻撃能力)にしか関心がありません。日本と北朝鮮のどちらが賢いのか、日本国民(特に自民党支持者)は考える必要があります。

 

 

 


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