『沈黙のイージス』は張子の虎か

2017.8.29


 今朝、北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、日本政府から日本国民に警報が出されるという事件がありました。これについて、初期情報をまとめて考察します。

 弾道ミサイルの発射地点は平壌市の順安(スナン)とみられます。ここには平壌国際空港があり、ミサイルを発射するには便利な場所です。早朝ですから、まだ乗客も来ていなかったでしょう。また、金正恩が視察に来るために警備しやすい場所が選ばれるのが、最近の傾向です。

図は右クリックで拡大できます。

 military.comは、韓国統合参謀本部はミサイルが約2,700km移動し、日本北部の島、北海道の上を移動する時、最高高度550kmに達したと報じました。

 毎日新聞は日本政府の発表として、北朝鮮が同日午前5時58分ごろに同国西岸から北東へ弾道ミサイル1発を発射し、北海道・襟裳岬の上空を通過して、午前6時12分ごろに岬の東約1,180キロの太平洋上へ落下したと報じました。また、最高高度は午前6時5〜7分ごろに北海道の渡島半島、襟裳岬の上空を通過した際に550kmに達したと推定。日本の上空を約2分間飛ぶなど約14分間飛行し、日本の排他的経済水域(EEZ)の外側の海に落下したとしています。

 NHKは、防衛省が今回の弾道ミサイルについて日本海の上空で3つに分離した可能性があるとしていましたが、さらに分析を進めたところ分離していない可能性もあると説明を改めました。当初はレーダーでとらえたミサイルの航跡では、3つに分離したように見えたことから初期の分析として説明していました。

 以上の情報から、初期観測として考えると、3つに分離した可能性は低いと思えます。中距離弾道ミサイルは1段式の場合が多く、故障による分解は弾頭とブースター部分の2つになることの方が多いでしょう。また、こうした分解が起きた場合、ブースターが爆発する可能性が高く、軌道を大きく逸れる可能性も高いのに、高度550kmに達しています。

 38northの分析では、650kgのペイロードの場合の軌道は最高高度が650kmです(関連記事はこちら)。550kmはまあまあ飛んだといえるので、弾頭とブースターが分離するような深刻なトラブルはなかったと考えられます。
 
 また、ミサイルが日本海上空で分裂したという報道がありますから、もし、そうであれば、あとは自由落下しか考えられず、SM-3による迎撃が必要だったはずです。イージス艦がまたしても「沈黙」を維持したのは、速度が低下してミサイルが落下するのが観測されなかったためと考えられます。

 北朝鮮の狙いは、ロフテッド軌道ではなく、通常の軌道で日本上空を飛行して、アメリカを刺激しにくい北太平洋に落下させることで、適当な刺激を与えようということのようです。グアムを狙えば、その刺激は適当な範囲を超えてしまいます。

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 そのための射程を持たせるために、順安を発射場所に選び、人口が少ない北海道の地域を経由したということになります。

 日本のマスコミはなぜか落下地点を、実際よりも日本に近く図示して紹介しています。正確に発射地点から2,700km移動すると、下図のようになります。北朝鮮としては、過度の刺激を避けたつもりなのです。

図は右クリックで拡大できます。
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 今朝の出来事で、Jアラートによる警報がまったく役に立たないことが明らかになりました。避難する場所がないのですから、いくら警報を出しても意味がありません。実質的に避難するために使えた時間は最大でも4分間です。自宅に核シェルターを持たない限り、安全な場所に逃げられないことは明白です。避難する場所を作らずに、警報を鳴らしても効果がないのは当然です。

 さらに、日本上空を通過したのに迎撃できないことも明らかになりました。状況によってはレーダーにミサイルが分離したように映るのです。正確な探知ができないことが明らかになりました。実戦で同じことが起きた場合、どう対処すべきか判断に迷うことになります。そして、迷っている時間的余裕はミサイル防衛にはないのです。

 さらに、小野寺防衛相は当初、日本にミサイルが落下する危険がなかったので、破壊措置はとらなかったと述べています。3つに分裂したミサイルの軌道をどうやって正確に計算するのでしょうか。なにより、計算に必要な、分裂したミサイルの重量が分かりません。PAC-3による迎撃もそうですが、分解したミサイルを正確に迎撃できるとは考えにくいのです。

 イージス艦に搭載されたSM-3は迎撃実験では多くの場合、高度150kmで弾道ミサイルに命中しています。北海道を通過するときは550kmであっても、その手前ならミサイルの高度はもっと低く、迎撃の実績がある高度で迎撃できるはずなのですが、それはしませんでした。

 高度150kmに達する頃には、ミサイルは北朝鮮の領海を出たあたりなのです。この段階で迎撃するのは時間的に無理です。ミサイルが北海道に到達した頃には高度が550km近くに達しています。高度200〜300kmでの迎撃が可能かどうかは話を聞いたことがありません。人工衛星をこの辺の高度で迎撃したことはありますが、それは軌道が一定で、事前に分かっている場合です。突然飛来したミサイルを破壊できるかは未知数です。

 日本海にイージス艦を展開しても、北朝鮮から飛来するミサイルは迎撃ができないとの疑惑は否定できません。『沈黙のイージス』が繰り返される理由は、ここにあるのではないかと、私は疑っています。

 イージス・アショアはSM-3がベースですから、いくら導入しても同じことです。THAADシステムにしなかったのは高額だからという理由です。日本政府の判断はまったく分かりません。戦いに勝つ気がないとしか思えません。

 

 

 


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