なぜ火星12号は迎撃できなかった

2017.8.30


 なぜ北朝鮮の弾道ミサイルを自衛隊が迎撃しないかについて、あちこちに書いたら、反論をもらいました。

日本に危険がなかった

 まず、日本に落ちないから迎撃しなかったという意見があります。

 この場合、どこを指して日本と呼んでいるのか、質問しても答える人はいませんでした。考えられる範囲は次のようになります。

  • 日本の領土
  • 領海とその上にある領空
  • 排他的経済水域(EEZ)

 領土に弾道ミサイルが落ちないようにするのは当然です。しかし、それだけで十分とは思えません。

 領海やその外側には漁船や旅客船や輸送船などの商船が活動しています。少なくとも領海内だけは守備範囲とすべきです。

 当たり前の話ですが、船に弾道ミサイルが命中する可能性は極めて低いのです。しかし、それが起きれば、日本の威信は傷つきます。

 さらに領海の上にある領空も様々な航空機が飛んでおり、領空の外にも国際線の旅客機が飛んでいます。少なくとも領空内は守備範囲とすべきです。

 当然ですが、航空機に弾道ミサイルが命中する可能性は極めて低いのですが、それくらい守れるくらいの技量が日本には必要です。

 防衛省がいう、日本に危険がなかったとは、いずれを指しているのか、まず防衛省が説明すべきですし、やらないなら野党が追求しなければなりません。

国際法違反

 次に国際法をいう人がいます。

 最大高度550kmは宇宙ステーションよりも高く、大気圏内とされる領空の外であるから、迎撃すれば国際法に違反するそうです。

 なるほど、日本上空の宇宙空間には人工衛星などが飛んでいます。日本はそれらを攻撃したりはしません。

 領空の最大高度については定説がなく、60km説や100km説があります。また、境界を設ける必要がないという説もあります。

 高度550kmは明らかに領空外です。権限が及ばない場所での迎撃は国際法に違反するのでしょうか?。

 いいえ、違反なんかしません。そんな国際法はないからです。「宇宙条約」で禁止しているはずだと信じる人は条文を読まなければなりません。宇宙空間で弾道ミサイルを撃墜してはならないなんて条文はありません。

 なにより、イージス艦に搭載するSM-3の最高高度は、諸説ありますが、軽く100kmを越えます。SM-3を保有すること自体、宇宙条約に違反することになります。それとも、SM-3は領空内でしか迎撃を行わないというのでしょうか。

 宇宙条約は第4条において、大量破壊兵器を宇宙空間に常時配置することを禁じています。これには弾道ミサイルは除外されていますが、危険排除のために弾道ミサイルを撃墜することについては規定されていません。国際法は必要な防衛手段まで禁じるものではありません。(条文はこちら

 領空の概念は領土、領海とは性質が違う点に注意が必要です。

 こういう諦めがよすぎる人たちを相手にしても無意味です。さらに、迎撃に関するコンセプトをまとめます。

 北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃することには、危険排除のほかに、ミサイル開発を遅らせる、脅迫を薄めさせるという効果があります。

 実験を完了させないことは、北朝鮮に弾道ミサイルの完成を遅らせる効果があります。

 迎撃に成功すれば、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威を明白に弱め、これによる恫喝を色あせさせます。

 ミサイル防衛の有効性は疑問のままです。本当に迎撃できるのか。特に北朝鮮と日本の間に大した距離がないことは、短時間でミサイルを敵性と判断して迎撃できるかという問題をはらみます。

 韓国の中央日報は30日付けの記事『日本、北の弾道ミサイルを迎撃しなかった? できなかった?』で、「日本の記者の質問もこの点に集中した。」と書き、普段は大人しい記者クラブの記者も迎撃せずに疑問を持っていることを暗示しました。記事はこうも書きます。

小野寺防衛相はこの日、「弾道ミサイル迎撃方針を変えたのか」という記者の質問に対し、「(北朝鮮から発射された)弾道ミサイルが我が国の領土、領海に着弾するということが把握できた時に、破壊措置命令でこれを除去するということになる」と答えた。すなわち日本上空を通過するという理由だけでは迎撃しないということだ。しかしこの発言は、北朝鮮の弾道ミサイルが日本上空を通過してグアムへ向かう場合は迎撃するという方針と矛盾する。

 国外のメディアだから書けた文です。日本の記者は大臣の回答しか書かないので、日本人の読者には問題が伝わらないのです。その結果、「迎撃する必要がなかったから」と納得してしまう人ばかりになってしまうのです。

迎撃は可能だったか

 今回の弾道ミサイルが迎撃できたかを、公表された情報から考えます。

 幸い、北朝鮮が発射したミサイルは火星12号だといってくれたので、機種を推定する手間は省けました。発射地点も分かっています。

 38northの分析から考えます(記事はこちら)。「Figure 5.」が弾頭が650kgの場合に想定される軌道を示した表です。

 平壌市の順安(スナン)から火星12号を発射すると、北朝鮮東海岸の領海を外れるあたりで、高度150kmに達します。この高度はSM-3が迎撃実験を何度もやっている高度です。実績があるので、この高度でなら撃墜できるかもしれません。

 自衛隊が装備するSM-3ブロックIAの性能は色々にいわれています。ある資料では最高高度は600km、秒速3kmです。しかし、2008年に米軍のSM-3ブロックIAが落下の恐れがある偵察衛星を高度247kmで破壊した際、接近速度は秒速10kmと発表されました。高度150kmに達する時は秒速3kmで、247kmまで上昇する間に秒速10kmになったのかもしれません。しかし、それまで最高高度は150kmと説明されていたミサイルが実際に247km飛んだのですから、公称の数字は疑ってかかるべきです。

 以上から、SM-3の最高高度を特定するのは困難なので、公称値の600kmで考えると、火星12号の最高高度を下回っており、撃墜できたはずとなります。下図は1500kmの射程を300km毎に印をつけたものです。

図は右クリックで拡大できます。

 38northのレポートから考えると、火星12号は発射地点から300kmで高度150km。600kmで高度300km。900kmで高度475km。1200kmで高度550km程度に達したということになります。

 日本海に配備したイージス艦が探知してすぐに迎撃ミサイルを発射すれば、撃墜できる高度であることがわかります。

 このことは、防衛相の説明に別の疑問を抱かせます。弾道ミサイルを探知してすぐに迎撃ミサイルを発射しないとならないような状況なのに、どうやって弾道ミサイルが日本領域に落下するかどうかを判断していたのでしょうか。

 私にはまったく想像がつきません。あたかも、迎撃のマスターみたいな人がいて、瞬時に判定していたとしかいいようがありません。

 日本海上で短時間の追跡で弾道ミサイルを撃墜するのは無理ではないかという証拠があります。陸上自衛隊OBで現外務副大臣の佐藤正久氏はフェイスブックに次のように書いています。(8月11日15:12付)

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討④】

日本による迎撃の法的可能性(その1)
破壊措置命令が下令時は、日本の領域(領海、領土)に弾頭やブースター、エンジン等が落下する可能性がある場合、迎撃可能。ただし、領海の外の接続水域や排他的経済水域に落下の場合、迎撃は不可能

日本による迎撃の法的可能性(その2)。
存立危機事態が認定され、自衛隊に防衛出動下令時は、日本上空を通過するミサイルを迎撃迎撃する事は能力はともかく法理論上は可能な場合もある。ただ、事態認定の三要件を満たす必要性と国会の承認が必要

日本の迎撃能力。PAC-3もイージス艦も、ミサイルのターミナル段階での迎撃能力は実証済。一方、打ち上げ当初のブースト段階での迎撃は困難。グアム島付近が目標の場合、小笠原諸島周辺ならともかく、日本海に展開のイージス艦による迎撃は困難

 「グアム島付近が目標の場合、小笠原諸島周辺ならともかく、日本海に展開のイージス艦による迎撃は困難」とあります。

 グアムに撃つのも同じ火星12号です。北朝鮮から小笠原諸島までは2,000km程度あります。38northの表が示すように、それは弾道の頂点を少し過ぎたあたりです。落下してくる弾道ミサイルを迎撃するSM-3にとって最適な位置となります。

 SM-3はミサイルが加速するブースト段階での迎撃は不得意とされているのです。

 順安から2,000kmの場所といえば、北海道の最東端、根室半島を過ぎた場所です。つまり、SM-3では今回打ち上げたれた火星12号は、もともと迎撃できなかったのです。

 それを隠すために、防衛省は「必要がなかった」とごまかしているとしか思えません。

 こんなごまかしがいつまで通用するのでしょうか。北朝鮮はすでに見抜いているかもしれません。

 これが『沈黙のイージス』が繰り返される唯一の理由です。

 

 

 

share


Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.