石垣島侵攻シナリオが意味するもの

2018.12.3
追加 同日 16:45


 共産党の赤嶺政賢衆院議員が2012年頃に作成された自衛隊の「機動展開構想概案」の中の石垣島が侵攻された場合のシナリオを入手し、11月29日の安全保障委員会で示しました。これは2010年12月から2013年12月までに「機動展開WG」(WGは図上演習の意味)を2012年3月にまとめたものとのこと。

 それによると、敵兵数を4,500人、事前に配備された自衛隊を2,000人として、どちらかが残存兵が30%になるまでに戦闘を行うと、敵が2091人、自衛隊が538人で劣勢となりました。しかし、「奪回作戦部隊」の約1,800人が加わって戦闘を続けると、最終的には敵が679人、自衛隊が899人となり、2,000人の増員で奪回は可能という結論だったといいます。

図は右クリックで拡大できます。

 公開された書面を見ると、石垣島南部の平野で戦いが展開するようです。石垣島には3つの主要な戦略目標があります。石垣港、石垣空港、新石垣空港です。大型船が着ける石垣港を占領すれば、後続の兵士や補給物資を船で輸送できます。2つの空港を占領すると、空路で増員を運べます。島の北部は山地が多く、港と空港までの距離があるので、とりあえず放置しても問題はありません。島の南部を占領することで目的はほぼ達成されます。

 戦況図で赤い菱形のマークが敵軍を示します。石垣港は海岸をコンクリートで固めているので、そこからは上陸ができません。港の西端から西側は上陸できるので、そこに2個海軍陸戦大隊を上陸させます。海岸の防衛部隊と戦闘になりますが、後方に控えている予備の部隊が出てくるのを抑えるために2個空挺大隊が側面に降下して邪魔をします。石垣島の東側にいる石垣空港を守る防衛部隊には、さらに1個空挺大隊が降下してあたります。新石垣空港は海岸線から間近のため、1個陸戦大隊が上陸します。その背後にいる予備部隊を抑えるために、1個空挺大隊が降下します。

 自衛隊司令部の南部には空挺大隊が降下して、指揮系統の破壊と通信の分断を狙います。

 敵が増援部隊を呼び込むために戦っているのに、それが登場しないのはなぜかということになりますが、内陸部の部隊が5〜6割残っているので、港と空港がまだ射程下にあり、増援が来られないということでしょう。対空部隊がどこにあるかがわからない限り、うかつに空路でも増援は呼べないので、防衛側が劣勢の新石垣空港にも増援は来られないということになります。港と空港が自衛隊の射程から外れると、敵軍は増援部隊を上陸させることになります。それは陸戦隊に限りません。一般の陸上部隊でこと足ります。

 この想定をどう考えるべきかを説明します。

 まず、ここに書かれたことがすべてではないことを理解しなければなりません。

 誤解してはいけないのは、この報告書が石垣島が特に侵攻されやすいことを示しているのではないということです。こういう想定は各地を対象に行うものですから、石垣島がどこかの国に狙われていることは意味していません。

 このシナリオは、石垣島に海路で接近するまでに、海上自衛隊や米軍が行う迎撃の影響は考慮していません。あくまで陸上戦闘の中身を考えるための想定ですから、上陸部隊が予定通りに到着したものと想定しています。実際には、潜水艦による魚雷攻撃、航空機による対艦ミサイル攻撃、陸上からの対艦ミサイル攻撃が行われ、それでも残存した部隊だけが上陸できるのです。このシナリオは陸上戦闘の様相を考えるためのものなので、それらは含まれていないかもしれません。実戦では、洋上で上陸部隊の大半が失われ、作戦が上陸前に頓挫する可能性も十分にあります。

 台湾の反応も想定には入っていません。台湾沿岸から石垣島までは230km程度です。眼の前で展開する軍事行動に台湾が黙っているかどうかも疑問です。敵軍が中国軍で、次々と周辺へ侵略すれば、その包囲法の中に取り残される危険性を考え、台湾が行動を起こす可能性があります。石垣島を占領後、大量の部隊を中国が送り込んだ場合、台湾侵攻のときに、石垣島から上陸部隊が出発する可能性があります。そのような危険を台湾政府が甘受するとは考えにくいところです。

 中国は2020年までに陸戦隊の規模を現在の約1万人(2個旅団)から約3万人(7個旅団)に増やすとされています。7個旅団もあれば、石垣島など一溜まりもないように思われますが、7個旅団すべてを投入することは、中国軍の戦略に反していて、石垣島には多すぎるため、せいぜい1個旅団に限られると考えられます。というのも、陸戦隊は台湾に対する圧力が主目的であって、他の地域ですべてを使ってしまうと、その圧力がなくなるからです。また、石垣島程度の広さでは1個旅団程度が適切な戦力です。

 次に、中国は国際連合の安全保障理事国であって、勝手に戦争をはじめることはできません。第二次世界大戦の戦勝国で、常任理事国入りしたものの、他の理事国に比べると立場が弱いことも考えなければなりません。あからさまな侵略行為はほかの理事国の信用を失い、国連での立場を失うだけです。特に、第2次世界大戦で日本による侵略からアメリカに助けてもらったというストーリーを、自らが侵略側になることで放棄することになるという大きな問題があります。

 これらを考えると、石垣島への上陸侵攻はほとんど考えにくいということになります。しかし、それを想定し、防衛態勢を整えておくのは自衛隊の正当な任務です。なぜなら、上陸が迫った時点から準備をはじめても、当然間に合わないからです。

 つまり、こういう想定はあくまでも「仮想」のものであって、考察のための材料なのです。面白がって「いま、石垣島が危ない」などと騒ぎ立てるべきではありません。

 こうした前提に立って、この「機動展開構想概案」を評価してみます。

 まず、赤嶺議員が示したのはいくつかの想定の一つだけのようです。図の上部に「OR結果(その1)」とありますから、ほかにもいくつかOR結果が存在していたはずです。長期にわたる研究ですから、かなりの数の図上演習を行い、結果を出したはずです。報告には戦況が最良の場合、平均的な場合、最低の場合の数値も載っていたのではないかと思われますが、赤嶺議員は一つしか示しませんでした。ほかのシナリオの中身がわからないので、これだけで評価を下すことは正当ではありません。できれば報告全体を読んでみたいものです。

 敵軍の作戦の想定や自衛隊の配置は、一般的なところだと思われます。戦場の大半が平地で起伏がなく、畑と市街地です。こういう場所では戦闘車両の損耗が増えます。敵の攻撃力を奪うには、まず戦闘車両を破壊することが重要でしょう。

 増援部隊がいつ投入されるのかは報道からは不明ですので、増援時期については評価ができません。おそらく、このシナリオでは、増援があった場合となかった場合を比較したものと思われます。そして、増援部隊である水陸機動団の有効性を主張しているように思われます。そうしてみると、この報告は水陸機動団の有効性を説明するためのものであって、数字もその目的のために調整されているかもしれません。敵軍の兵数や事前に配置された自衛隊の規模を調整した上で図上演習をした可能性がありそうです。発足したばかりの水陸機動団の人数は2,100人と、シナリオに一致します。陸上自衛隊が報告でいいたかったのは、損耗率30%まで戦うことではなく、増援がないと損耗率30%まで行ってしまうので、その前に増援を投入する。だから水陸機動団があることは正当だということと考えられます。報告全体を見ていないので、断定的なことはいえないものの、報告の目的はそこにあった可能性はあります。

 しかし、報告には大きな問題点が含まれています。「国民保護のための輸送は自衛隊が主担任ではなく、所要も見積もることができないため、評価には含めない」という記述があることです。

 自衛隊は民間人保護を考えない稀有の戦闘組織です。それは警察や消防の任務と思っているらしく、そのための訓練を行っていません。米軍との合同演習で、戦闘終了後に米軍から「これから民間人の救護訓練を行う」といわれた自衛隊は、その意味が理解できず、米軍を苛立たせたことがあると過去に報じられています。実際、米軍は戦闘が完全に終了すると、負傷した民間人と敵兵の救護を開始するので、そのための訓練も行っています。救護活動がはじまったあとで敵兵を殺した米兵は軍法会議で処罰されることがあります。

 こういう訓練を自衛隊はやっていません。最近「法人保護」という言葉がよく聞かれますが、実は自衛隊にはそのためのプランはありません。民間人は自己責任で勝手に逃げてくださいということです。

 石垣島で戦闘になった場合、住民は島の北部に逃げるしかありません。そこは戦闘が続いている限りは敵軍の関心が薄い場所です。しかし、大型の港がないため、海路で島を脱出することはできないでしょう。敵が上陸すると分かってから石垣港や2つの空港を使って脱出できるのは、ほんの一部の住民だけです。市街に残っていれば戦闘に巻き込まれます。山が多い北部に逃げた民間人はそこで右往左往することになります。そのための救護方法を政府は考えるつもりはありません。

 さらにいうと、民間人を保護しない自衛隊に対して、米軍からクレームが出されたり、協力を拒否される恐れがある点を自衛隊が認識していない恐れがあります。

 アメリカにはレーヒー法という法律があり、国防総省と国務省は人権を侵害する外国軍へ軍事支援を与えることを禁止されています。アフガニスタン軍には「バチャ・バジ(bacha bazi)」という、パーティで男の子に女装をさせて、ダンスをさせ、司令官や権威者の間を回るという習慣があります。これが児童虐待にあたるとして米軍が問題視したことがあります(関連記事はこちら)。こうした行為を目撃した米軍隊員は指揮系統への報告が義務付けられました。

 民間人のことは知らないと断言する自衛隊を米軍や米議会、米政府が問題視する可能性は十分にあります。そして、おそらく自衛隊も防衛省もこのことを認識していないでしょう。

 強いて言えば、これがこの報告の最大の問題点です。

 


Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.