「国民の敵」発言なしの本当の理由
統合幕僚監部の3等空佐が民進党の小西洋之参院議員に暴言を吐いた問題で、防衛省が24日に報告書を公表しましたが、その内容には疑問があります。
3等空佐は小西氏に対して「国益を損なう」「気持ち悪い」「ばか」などと述べたことは認めましたが、「おまえは国民の敵だ」という発言は否定しました。また、「政府、自衛隊が進めようとしている方向とは、違う方向での対応が多いというイメージだ」「個人の尊厳を傷つけるような大変失礼なことを言ってしまった」と反省しているということです。
しかし、小西氏は現場でメモを取っており、「おまえは国民の敵だ」という言葉をはっきりと記憶しています。また、防衛省の豊田(硬)事務次官が小西氏との電話の中で、「国民の敵」「なになにの敵」だという発言は間違いなくあったと認めているといいます。
私は高い確率で防衛省が3等空佐の処罰を軽くするために、「国民の敵」という言葉をなかったことにしようとしていると考えます。自衛隊の規則を調べていて、その可能性を考えるようになりました。
自衛隊法上の規定
今回の事件で該当しそうな条項は、第46条、第58条、第61条です。該当部分を赤字で示しました。
(懲戒処分)
第四十六条 隊員が次の各号のいずれかに該当する場合には、これに対し懲戒処分として、免職、降任、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
一 職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合
二 隊員たるにふさわしくない行為のあった場合
三 その他この法律若しくは自衛隊員倫理法 (平成十一年法律第百三十号)又はこれらの法律に基づく命令に違反した場合
(品位を保つ義務)
第五十八条 隊員は、常に品位を重んじ、いやしくも隊員としての信用を傷つけ、又は自衛隊の威信を損するような行為をしてはならない。
2 自衛官及び学生は、防衛大臣の定めるところに従い、制服を着用し、服装を常に端正に保たなければならない。
(政治的行為の制限)
第六十一条 隊員は、政党又は政令で定める政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法をもつてするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならない。
2 隊員は、公選による公職の候補者となることができない。
3 隊員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。
興味深いことに、上官に対する侮辱に関する条項はあるのに、それ以外の人に対する侮辱に関する規定は一つもありません。米軍にはある「公人を侮辱した罪」は自衛隊にはありません。
極論すれば、自衛官が靖国神社を参拝しない天皇陛下や皇族を侮辱しても、自衛官の信用と自衛隊の品位を傷つけない範囲なら許されるということです。
自衛隊法適用の実際
処罰の程度に関しては航空自衛隊に「懲戒処分等の基準に関する達」という規程があります。この「達」で自衛隊法の適用について、さらに詳しく定められています。
達が定める懲罰は重たい順に以下の通りです。
免職 降任 停職 減給 戒告 訓戒 注意
掲載されている一覧表から、第46条と第58条は「私行上の非行」、第61条は「政治的行為の制限等の違反」という処分にあたると考えられます。
「達」では、この処分がどんな基準で決まるのかが、一覧表で示されているので、分かりやすい形にして表示します。
違反様態 |
処分基準 |
適用基準等 |
私行上の非行 |
重大な場合 |
重処分 |
①第61、64条に適用。
②処分は違反行為の内容・結果、違反者の地位・階級、部内外に及ぼす影響で判断するが、違反行為の内容が悪質、部内外に及ぼす影響が大きい場合「重大な場合」となり、それ未満は「軽微な場合」となる。 |
軽微な場合 |
軽処分 |
政治的行為の
制限等の違反 |
重大な場合 |
重処分 |
①隊員として品位を傷つける行為・自衛隊の威信を傷つけるような過度の飲酒・賭博・破廉恥行為等を行った場合に適用。
②処分は違反行為の内容・結果、違反者の地位・階級、部内外に及ぼす影響で判断するが、違反行為の内容が、隊員の品位を傷つけ、自衛隊の威信を失墜させる程度が大きいと「重大な場合」となり、、それ未満は「軽微な場合」となる。 |
軽微な場合 |
軽処分 |
処分の種類 |
処罰内容 |
重処分 |
免職
降任
6日以上の停職
減給合算額または俸給月額の3分の1を越える減給
|
軽処分 |
5日以内の停職
減給合算額が俸給月額の3分の1を越えない減給
戒告 |
見ての通りですが、第46条と第58条は隊員の品位、自衛隊の威信という、比較的抽象的なないようなのに比べて、第61条は政治活動という具体的なものです。
第46条と第58条には、誰かを侮辱した場合は書き込まれておらず、「破廉恥行為等」とあるだけです。これを根拠にするしかないのです。
一方で、政治的行為は明白なものなので、これを免れることはできません。自衛隊法施行令第87条に、政治的行為に関する事柄が17項目にわたり定義されていますが、適用できそうなのは一つだけです。
十一 集会その他多数の人に接し得る場所で又は拡声器、ラジオその他の手段を利用して、公に政治的目的を有する意見を述べること。
これは勤務時間外において行う場合も同様に適用されます。3等空佐は都市の歩道上という多数の人に接し得る場所で、公に意見を述べています。拡声器などは用いなかったものの、複数の警察官がいる前で意見を述べました。
「政治的目的」とは何なのかは第86条に書かれていて、「特定の内閣を支持し、又はこれに反対すること」という条項が該当しそうです。
野党議員に対して侮辱的発言を行うことは、この規定に十分に抵触すると考えられます。
これが3等空佐の処分を重たいものにしそうです。
一つの行為が複数の違反となる場合、第15条の規程によって、最も重い規律違反について処分基準を適用することになっています。停職のいずれかだと考えられます。
さらに、第2条に「加重」の規定があります。違反様態の上限よりも懲戒処分の種別と程度を重くすることです。
第61条の「政治的行為」さえなければ、処分は「私行上の非行」に留まります。
防衛省が公表した報告書によると、3等空佐が小西氏と言い争ったあたりの会話は次のようなものです。「国民の敵」とは言わなかったことになっています。
「国のために働け」
「俺は自衛官だ。あなたがやっていることは、日本の国益を損なうことじゃないか。戦争になったときに現場にまず行くのは、われわれだ。その自衛官が、あなたがやっていることは、国民の命を守るとか、そういったこととは逆行しているように見えるんだ。東大まで出て、こんな活動しかできないなんてばかなのか」
「私の発言は、自衛官の政治的行動に当たりません」
これらのについては個人的見解のようにも見えますが、「国民の敵」はやはり「特定の内閣を支持し、又はこれに反対すること」という政治的目的に抵触しそうです。
そこで、防衛省としては、これをなかったことにして、「政治的行為」では処分を軽くして、処分全体を軽いものにしようとしているように思えます。
さらに、第16条には「規律違反となるべき行為が、次の各号の一に該当する場合は懲戒処分等を行わない」とあり、「改しゆんの情が顕著である場合」という号があります。
報告書では、小西氏と3等空佐は最後に握手をしており、これにより3等空佐が反省していることを強調し、処分を軽くする材料としたいのでしょう。さらに、3等空佐に反省文をたくさん書かせて、材料を増やすかもしれません。
多分、3等空佐の処分は、重処分にはなるものの、その中の軽いものになると想像されます。減給はないので、停職あたりでしょうね。早々に報告書を公表したのも、そのための地ならしです。
先に書いていますが、米軍で同じことをすると、逮捕されて、軍法裁判にかけられ、最大で免職、給与手当全額没収、禁固1年間です。
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