防衛省の最終見解について

2019.1.25


 1月21日に防衛省がレーダー探知音の音源と「韓国レーダー照射事案に関する最終見解について」を出して、実質的に協議を打ち切ってしまいました。これで事件が終わるかどうかは分かりませんが、この最終見解についてまとめておきます。

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真相は解明されていない

 防衛省が最終見解を出したことで真相の解明は完全に絶たれたことになり、大変残念に思います。私にはまだ十分な証拠は提示されておらず、誰もが納得できる説明は、日本・韓国両政府からなされていません。

 そもそも現場の位置すら正確には公表されていません。現場が日本の排他的経済水域であることが分かったのは防衛省の発表によるのではなく、自民党国防部会で議員が質問したのに対して防衛省職員が答えたのが報じられたためです。

 昨年12月21日、22日、25日の防衛省の報道資料には「能登半島沖」としか書かれておらず、現場がどこかが分かりません。「日本の排他的経済水域」という言葉が登場したのは、この最終見解の中でです。ここから日韓暫定水域の北側にある日本の排他的経済水域の中と推定することができるだけです。最初に説明すべき現場の位置が最後というのは不手際としかいえません。

レーダー探知音の証拠能力

 「火器管制用レーダー探知音」については、事件当時に採取されたものと説明されていますが、それと分かる形では提供されていません。音声のみでは提供者を信じる以外に信じる術がありません。

 音声はすべてでもなく、レーダー波を解析できないように加工してあるため、専門家による検証も不可能です。

 比較用に提示された事件とは無関係の「捜索用レーダー探知音」と並べて、事件で録音された音声を置いたのは失敗です。それが音声の信憑性をさらに落としているからです。

 これらの結果、韓国軍からの反論を招きました。

官邸のミス

 防衛省が公表したビデオ映像もそうですが、証拠の提示の仕方が不適切で、その価値を落としています。中途半端にしか公開できない機密に関わることなら、最初から非公開にして実務者会議で決着すべきでした。公開したのは官邸の指示だったので、官邸のミスということになりますが、批判を受け付けない安倍政権は決してこのミスを認めることはないでしょう。

火器管制レーダーの照射

 火器管制レーダーの照射は、火器の使用に先立って実施する行為であり、他国の航空機に向けて、合理的な理由もなく照射することは、不測の事態を招きかねない極めて危険な行為です。

 火器管制レーダーの照射の危険性は分かりますが、これが目標の位置を測定する射撃電探だったのか、ミサイルを誘導する電波であるイルミネーターの照射だったのかは分かっていません。

 最も考えやすい真相は、STIR-180で哨戒機の写真をとるためにレーダーを向けたところ、何からの理由でレーダー波が出た可能性です。もちろん、カメラを使う場合にはレーダー波出ないはずですが、それが操作者にわからない形で出るような異常動作があれば、この事件は容易に起こるのです。日本は哨戒機にレーダー波が浴びせられたと考えるし、韓国は日本から言いがかりをつけられたと考えます。誰もこの可能性を考えようとしないのは、本当に心配です。

2つの法的根拠

 我が国や韓国を含む21か国の海軍等が、2014年に採択したCUES(Code for Unplanned Encounters at Sea(洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準))では、こうした行為は攻撃の模擬とされ、指揮官が回避すべき動作の一つとして規定されています。

 すでに指摘していますが、CUESは国際条約ではないので強制力はありません。これを根拠にどれだけ主張できるのかは疑問です。

 また、防衛省が最初に公表したビデオ映像の中では、国際民間航空条約(ICAO)の説明はあっても、CUESの説明は一切ありません。また、ICAOについても単に国際法と国内関連法と表記しただけで、名称を明記しませんでした。そのため、どの法律のことをいうのかと、韓国軍の反論を招きました。

 防衛省の主張を整理すると、主張の根拠はCUESであり、ICAOはそれを側面から支援する材料です。それなのにビデオ映像の中で何の説明もしなかったことには疑問が残ります。 のちに管轄外の佐藤正久外務副大臣が言及し、最終見解においてはじめて防衛省が指摘しました。これは順番が逆というものです。

レーダー波の解析

 防衛省の専門部隊で海自P-1哨戒機に照射されたレーダー波の周波数、強度、受信波形などを慎重かつ綿密に解析した結果、海自P-1哨戒機が写真撮影等を実施した韓国駆逐艦の火器管制レーダー(STIR-180)からのレーダー波を一定時間継続して複数回照射されていたことを確認しています。なお、近傍に所在していた韓国警備救難艦には、同じレーダーは搭載されておらず、韓国駆逐艦からの照射の事実は、防衛省が昨年12月28日に公表した動画の内容からも明らかです。

 解析結果としてはもっともな内容です。しかし、これは外からの観察結果であり、レーダー波が照射された理由までは分かりません。レーダー波の照射には艦長の許可が必要なことから、事故ではありえないと考えるのは可能ですが、相手を非難するまでの材料とは言い切れません。

 また、射撃電探とイルミネーターのいずれだったのかが分からないこと。近傍に他の船や航空機が存在しなかったことが明らかではなく、情報として十分ではありません。

 最初から故意に行ったことと決めつけたのは失策でした。中国軍の艦船からのレーダー照射とは別の対応があったはずです。

事実誤認

 実際、昨年12月28日に防衛省が公開した動画の内容や、海自P-1哨戒機の航跡図からも明らかなように、この海自P-1哨戒機は、韓国駆逐艦に最も接近した際でも、十分な高度(約150m)と距離(約500m)を確保しており、韓国駆逐艦の活動を妨害するような飛行も行っていません。なお、韓国駆逐艦からの無線による呼びかけもなかったことから、海自P-1哨戒機は、韓国側が救助作戦を行っていることを認知できませんでした。

 文末の救出作戦と認識できなかったとの主張は事実に反します。哨戒機の機長が「左側にゴムボートと思われるものを視認」、クルーが「左舷にゴムボート2隻」「その間に漁船のようなものを1隻確認した」と言っているのがビデオ映像にみられ、救出活動か立入検査かくらいの見当はつくはずです。

 また、接近時に哨戒機からも無線呼びかけをしていませんから、このことを指摘しても韓国軍の反論を招くだけです。

 これまで、海上自衛隊では、警戒監視及び情報収集中に、韓国のみならず外国軍艦等を確認した場合には、今回と同じような飛行を行い、写真を撮影しています。昨年4月以降、今回写真撮影を行った韓国駆逐艦(「クァンゲト・デワン」)に対しても、今回と同じように3回の撮影(4月27日、4月28日、8月23日)を行っていますが、その際、韓国側から問題提起を受けたことはありません。

 このときは韓国駆逐艦は救助活動を行っていなかったので抗議しなかったとも考えられます。こういう簡単に反論できるようなことは書いても仕方がありません。その時の写真も掲載されていますが、ズームレンズがある現代では、距離が違っても被写体の大きさを同じに見せることも可能ですから、撮影条件をもっと詳しく掲載する必要もあります。

無線交信

 このように良好な通信環境であったにもかかわらず、通信が明瞭に受信できなかったとは通常では考えられないことであり、実際に韓国側が公表した動画では、韓国駆逐艦内において海自P-1哨戒機の乗組員の呼びかけ内容(「KOREAN SOUTH NAVAL SHIP, HULL NUMBER 971, THIS IS JAPAN NAVY.」)を明確に聞き取ることができます。

 近距離で障害物もない場合、アマチュア無線の機材であっても、もっと明瞭に聞き取りができるものです。韓国が公開したビデオ映像で聞ける無線交信はノイズがひどく、これはあとからノイズを追加した可能性を否定できません。さらにそれをごまかし、解析を不可能にするためにバックグラウンドミュージックを追加した可能性が高いのに、なぜか防衛省はそのことは指摘しません。

 呼び出しの直後に用件を言っても、英語がネイティブではない日本人と韓国人では話が通じない可能性もあります。今後は無線で相手を呼び出してから用件を言うよう、訓練内容を変更すべきです。

不十分な総括

 「3. 今後の対応について」の中で防衛省は次のように述べます。

 以上の理由から、防衛省としては、韓国駆逐艦による海自P-1哨戒機への火器管制レーダー照射について、改めて強く抗議するとともに、韓国側に対し、この事実を認め、再発防止を徹底することを強く求めます。

 一方で、韓国側に、相互主義に基づく客観的かつ中立的な事実認定に応じる姿勢が見られないため、レーダー照射の有無について、これ以上実務者協議を継続しても、真実の究明に至らないと考えられることから、本件事案に関する協議を韓国側と続けていくことはもはや困難であると判断いたします。

 その上で、日韓・日米韓の防衛協力は、北朝鮮の核・ミサイル問題を始め、東アジア地域における安定的な安全保障環境を維持するために極めて重要であり、不可欠であるとの認識に変わりはありません。本公表が、同種事案の再発防止につながることを期待するとともに、引き続き、日韓・日米韓の防衛協力の継続へ向けて真摯に努力していく考えです。

 CUESを主張の根拠としているのに、CUESの発達を促す努力が何も書かれていません。CUESを国際条約化するとか、船舶と航空機、航空機同士の場合の対処など、現在のCUESには欠けているものを実現する努力こそ、この種の事件を防ぐために必要です。

まとめ

 報道によれば、防衛省はこの案件を実務者協議でやるつもりが、官邸に主導権をとられて映像公開となりました。その結果、韓国側は日本が政治議題化するつもりと受け止め、とにかくなんでも否定する程度に出た可能性があります。その結果、真相は解明されず、日本には嫌韓の雰囲気だけが残されました。韓国でも似たような状況かもしれません。

 死に体の安倍政権が打って出たつもりが、予想通りの結果にならなかったのが真相なのでしょうか。安倍政権では日本人救出に関しても常に失敗を認めてきていませんから、この事件でも同じでしょう。事件の真相と共に、解明に失敗した真相もまた闇の中で終わるのです。

 

 


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