トランプ大統領がバグダッディを暗殺を宣言

2019.10.28


 military.comに よれば、ヘリコプターで運ばれた米特殊作戦部隊は土曜日に、施設とトンネルの中で戦うためにシリア北西部で長らく追跡された イスラム国指導者、アブ・バクル・アル・バグダッディ(Abu Bakr al-Baghdadi)を殺害した夜襲を行ったと、ドナルド・トランプ大統領(President Donald Trump)は日曜日に発表しました。

 自称イスラム国のカリフであるバグダッディは、追跡する米兵と共にトンネルを逃げたときに、彼自身と3人の子供を自爆ベス トを起爆して殺したと、トランプ大統領はホワイトハウスでの会見でいいました。

 「彼は行き止まりのトンネルを最後まで、メソメソと泣き、叫び、金切り声をあげながら走って行きました」と、土曜日夜にホ ワイトハウスのシチュエーションルームで統合参謀本部議長、マーク・ミレー大将(Gen. Mark Milley)と共に作戦の展開をみたトランプはいいました。「私はその多くを見ました」とトランプはいいました。

 死や逮捕につながる情報に2500万ドルの賞金がかけられたバグダッディは「一緒に3人の若い子供を連れていました」とト ランプはいいました。

 「彼はイヌ同然に死にました。臆病者同然に死にました」と大統領はいいました。

 トランプはバグダッディの護衛多数が殺されたといった急襲で、アメリカ人の犠牲はいなかったと言いました。しかし、米軍の 犬がトンネルの崩落で負傷し、競合する地域から安全に空輸された米兵に連れ戻された、と彼はつけ加えました。

 生体認証とDNAにより、現場の兵士はバグダッディと同一と確認した、とトランプはいいました。疑いなく「彼だった」とト ランプはいいました。

 ヘリコプター8機と全軍が関与したというだけで、トランプは急襲に参加した部隊を特定しませんでした。様々な派閥が支配す る危険な領域へ約1時間10分の飛行だった、とトランプはいいました。

 フォックスニュースによれば、急襲にはノースカロライナ州、フォート・ブラッグ(Fort Bragg)のデルタフォースとしてより知られる第1特殊作戦部隊、50〜70人の兵士が関与したと伝えられました。

 作戦はイラクのクルド人の地域、イルビル(Irbil)から出発したとされます。兵士は目標に達するために、護衛として大 規模な固定翼の航空支援を受け、低空を飛び、約475マイル(764km)を移動しなければなりませんでした。

 成功には、ロシア、トルコ、イラク、クルド人が率いるシリア民主軍の協力も必要だったと、彼はいいました。

 ロシアは「我々を多大に扱った」とトランプはいいました。「彼らは我々に希望に変わる情報を与えた」とかれはいい、ロシア 当局者らアメリカの作戦はシリア北西部で進行中だといい、異議を唱えないと述べたとつけ加えました。

 急襲やバグダッディの死亡を認めることなく、トランプは土曜日夜に、イスラム国を永続的に打破するための長いアメリカの作 戦において変革を起こす出来事が起きたと示唆しました。「何かとても大きなことが起きた」と大統領はツイートしました。

 夜襲は特殊オペレーターにとても大きなリスクと実行の困難さを与えます。彼らはシリアのイドリブ州(Idlib)の紛争地 域へ入らなければなりませんでした。そこはイスラム教急進派と対向する戦闘員がシリアのバシャル・アル・アサド大統領 (President Bashar al-Assad)の軍隊とロシアの空爆に対向して保持しています。

 最初にニューズウィークが報じた作戦は、武装グループがイスラム国に対向する領域の中の意外な隠れ家といえるバグダッディ の位置を情報を提供する上で、特殊活動センター(the Special Activities Center)のような、 CIAの根気強い作業も強調しました。

 複合的な急襲を行う上で、米軍はシリア内戦が引き起こした、地域を軍閥が支配する飛び地の継ぎ接ぎにした野蛮な派閥だけで なく、ロシアとアメリカの間の権力紛争の流動的な逆流を通り抜けなければなりませんでした。

 アメリカはNATOの同盟、トルコの利益に注意もしなければなりませんでした。トルコはイドリブ州に観測所を持ち、クルド 人が率い、アメリカのパートナーであるシリア民主軍を攻撃するために侵攻してシリア北東部にカオスを引き起こしました。

 日曜日早朝のツイートの中で、トルコ国防省はバグダッディに対する作戦で協力をしたと主張しました。

 「昨夜のシリアのイドリブ州での米軍の作戦に先立ち、両国の軍当局の間で情報交換と調整が行われました」と国防省当局者は いいました。

 マーク展開エスパー国防長官(Defense Secretary Mark Esper)は、バグダッディの死亡はイスラム国へ壊滅的な打撃となったといいました。イスラム国の戦闘員は2014年にシリア東部から出て、国軍が崩壊したイラクへ行き ました。

 バグダッディが権力についたことは、イラク北東部のモスル(Mosul)のグランド・モスクに姿を現したことで締めくくら れました。そこで彼はイスラム国のカリフの地位の創設と彼自身をカリフだと宣言しました。

 「それは単に彼らの指導者ではなく、創始者です」とエスパー長官は日曜日のCNNの番組「State of the Union」でいいました。

 「彼は色々な意味で刺激的な指導者でした。彼は2014年にイスラム国を結成し、この地域全体に粗雑なカリフ創設を導きま したから、これは彼らに大きな打撃ですと、エスパー長官はいい、「我々は次の段階を注視しています。そして、新しい指導者と 指揮官達が現れたら、我々は同様に彼らを追跡します」とつけ加えました。

2時間の戦い

 ホワイトハウスでの声明の冒頭でトランプは、米兵は約2時間地上にいたといいました。

 目標地域への途中に散発的な銃撃がヘリコプターに向けられたとトランプは言いましたが、ヘリコプターに命中があったかは不 明でした。

 彼らがバグダッディが隠れていると考えた家を攻撃する上で、兵士はブービートラップがありそうなドアは避けました。彼らは かわりに、入口を作るために建物の横に穴を開けたと、トランプは言いました。

 ヘリコプターが接近したとき、彼らは地上から再び撃たれました。しかし、地上の銃火はヘリコプターから撃ち返して制圧した と、トランプは言いました。

 「彼らは非常に低く、非常に速かったのです」と、トランプはヘリコプターについて言いました。

 トランプは急襲で数人の敵戦闘員と、バグダッディの妻と考えられる女性2人が殺されたと言いました。

 彼は作戦を知らせるロシア人との接触はわざと曖昧にしたと説明しました。「我々は彼らに我々が立ち入ると言いましたが、な ぜかはいいませんでした」。

 急襲の最終的準備は約2週間前に始まったとトランプは言いましたが、実行命令は少なくとも2回、情報当局者がバグダッディ の位置を突き止めようとして中止されました。

 シリアに情報源をもつロンドンに拠点を置くシリア人権監視団(Syrian Observatory for Human Rights)は、この地域のイスラム国につながるグループはイドリブ州のバリシア(Barisha)にいるといいました。

 ヘリコプターは近くの家と車を狙ったと、監視団はいい、米兵が家の壁を突破したら銃撃が起きたといいました。地上の少なく とも9人の戦闘員が米兵により殺されたと、監視団はいいました。

 トランプは、作戦を阻止する漏洩を恐れ、急襲の前と直後に、下院議長のナンシー・ペロシ下院議員(民主党、カリフォルニア 州選出・Rep. Nancy Pelosi)と、その他の議会指導者への通常の通知を遅らせたといいました。議会指導者たちはアルカイダの指導者、オサマ・ビン・ラディン(Osama bin Laden)を殺した2011年の急襲の前に知らされました。

 トランプはバグダッディを、多くの苦痛と死を招いた野蛮な殺し屋と表現しました。

 「彼は決して再び、さらなる罪なき男性、女性、子供を傷つけません」とトランプはいいました。「改宗の強制、多くの斬首に 先立つオレンジ色の服、世界に公に展示されたもののすべては、アル・バグダッディの仕事でした」。

 「彼は残忍で暴力的で、残忍で暴力的な方法で、卑怯者として、走り、叫んで死にました」。

無名の聖職者からイスラム国の指導者へ

 何年にもわたる米政府と米軍の報告書によれば、バグダッディは本名がイブラヒム・アワド・イブラヒム・アリ・バドリ (Ibrahim Awad Ibrahim Ali al-Badri)という、バグダッドの北のサマラ(Samarra)出身のイラク人でした。

 彼は48歳くらいと考えられます。彼はバグダッドのイスラム教聖職者として学び、2003年のアメリカの侵攻までに急進化 しました。

 2004年に彼はファルージャ(Fallujah)で、アルカイダのイラクでグループとのつながりで逮捕され、アブ・グレ イブ(Abu Ghraib)とキャンプ・ブッカ(Camp Bucca)でアメリカの刑務所に収監されました。そこで彼は他のジハードの指導者と接触しました。彼は2009年に釈放されました。

 アメリカの作戦がイラクでアルカイダの軍隊を大量に殺すと、バグダッディはシリアへ逃げました。発生期のイスラム国の指導 者の地位とみなされた後、バグダッディは2010年に、テログループの指導者を宣言しました。

 2013年に、バグダッディはイラクとレヴァントのイスラム国(ISIL)の結成を宣言し、アルカイダと縁を切りました。 ISILは後にイラクとシリアのイスラム国(ISIS)となりました。

 その後何年か、この地域からの報告はバグダッディが病気かアメリカの対テロ作戦で負傷したことを示しましたが、報告は確認 されませんでした。

 日曜日にホワイトハウスで、トランプはシチュエーションルームで急襲の映像と音声は映画のように展開したといい、2011 年にビン・ラディンを殺したシールズのチーム・シックスの急襲を見るバラク・オバマ元大統領(Barack Obama)とヒラリー・クリントン国務長官(Hillary Clinton)のホワイトハウスが公表した写真を想起しました。

 まず最初に現場の位置を特定するために、Google Earthで探しました。バシリアの街の少し西側、小高い場所にある建物がそれと分かりました(kmlファイルはこ ちら)。もっとも、あとでBBCの記事を見たら、同じ写真が載っていました。

 2016年6月2日の衛星写真では、ここには建物が一つもありません。2017年7月17日に3つの建物が建っていること が確認されます。


図は右クリックで拡大できます。

 2018年9月26日にはあった建物が、Google Earth proでみると、建物がなくなっているのが確認されます。Googleも仕事が早いらしく、写真を最新のに差し替えたようです。

図は右クリックで拡大できます。

 ある意味で衝撃的です。ビン・ラディンと同じように、あまりたて込んでいない場所に居を構えたため、逆に急襲を受けやすく なったように思われます。まわりにはヘリコプターが発着できる場所もあります。地元の警察が介入するには時間がかかり、また 接近を拒むことも可能です。

 隣の家とは一番近い場所で60m以上あります。道路を東西で封鎖する班。隣家から人が近づくのを防ぐ班。家屋に突入する班 がグループで行動すれば、暗殺は可能だったように思います。

 バグダッディはトンネルに逃げ込んだと報じられています。多分、それは防空壕として使われていたのでしょう。なぜか、そこ に逃げてしまった。非常用という頭があるため、攻撃を受けたときには、そこに逃げてしまったのか。あるいは、捕まる前に自爆 したかったのかまでは分かりませんが、とにかく、行き止まりに自ら行ってしまいました。

 急襲部隊が引き揚げたあと、そこが聖地にならないように完全に破壊したようです。それが空爆だったのかどうかは、まだ確認 できていません。

 部隊の出発地点がトルコではなく、イラクのイルビルだったというのは意外です。イラクからシリア西部まで移動するのは困難 だったでしょう。地中海上の空母、トルコのインシルリク空軍基地は使えなかったのでしょうか?。

 初期情報なので、説明の大部分はトランプ大統領が語ったことです。つまり、あまり信用できる内容ではないということです。 彼は 話を誇張したり、起きていないことをいうことがあります。

 その中から信じられることと、そうでないことを分ける作業が必要です。

 「彼は行き止まりのトンネルを最後まで、メソメソと泣き、叫び、金切り声をあげながら走って行きました」 「彼はイヌ同然に死にました。臆病者同然に死にました」などの言葉は、イスラム過激派を刺激し、さらなるテロ攻撃を助長するだけで、なんの意味もありません。オバマ大統領 が必要なことしか言わなかったのは、そういうことを心配してですが、トランプ大統領は自分の功績を誇示することに夢中で、気 にしていません。

 DNA検査には数日間かかります。血液型や指紋などの生体認証の確認は現場でもできたでしょう。

 移動距離が764kmで、飛行時間が1時間10分ということは、時速655kmを出す必要がありますが、ブラックホーク UH-60Mは最大速度でも 時速295km、オスプレイの最大時速でも時速565kmです。巡航速度はもっと落ちるので、この話はどこかに矛盾があるよ うに思われます。

 大統領の話は信用できませんから、当局者から詳細が出てくるのを待つしかなさそうです。


 


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