自民党の改憲マンガは読む価値なし

2019.7.22


 自民党が改憲運動の一つとして自民党ホームページで公開している漫画の新版『マンガでよく分かる 〜憲法のおはなし〜 自衛隊明記ってなあに?』が公開されました。前の版『ほのぼの一家 憲法改正ってなあに?』もひどい内容でしたが、今回もまた政党としての良識を欠いた内容でした。

 『自衛隊明記ってなあに?』は夫婦の賢治(けんじ)と日和(ひより)が憲法改正の話をはじめたところへ、おじいちゃんの留治郞(とめじろう)とおばあちゃんの文子(ふみこ)がやって来て、憲法改正について語るという内容です。

 このマンガの一番の問題は、少数意見に過ぎない意見をあたかも多数意見のようにみせかけ、読者を誤った方へ導くことです。マンガの中で語られる意見は衆議院憲法審査会事務局が平成28年に作成した「『日本国憲法の制定過程』に関する資料」とはまったく異なります。自民党はなんの説明もなく、衆議院の公式な見解と異なる意見を流布しています。そういう意見をいうのなら、まずは衆議院憲法審査会の見解を公式に覆すべきです。それをしないで自説に都合がよい意見だけを流布するのは、まさに憲法改正に相応しくない不正な議論といわなければなりません。

 内容が妥当なのは35ページの作品の僅か4ページまでです。5ページの憲法を改正することになった経緯の説明はほとんど事実と異なります。

賢治
「今の憲法はGHQが出した草案をもとに作られたものなんだ それも、GHQはたった『8日間』で作ったんだ」
日和 「えー! どうして私たちの国の憲法を他の国の人が考えたの? 私たちの家のルールをご近所さんが考えるようなものよね?」

 憲法審査会の資料はこれについて次のように説明します。(いずれも4ページ/一部編集)

 もっとも、草案の起草は 1 週間という短期間に行われたが、総司令部では、 昭和 20 年の段階から憲法改正の研究と準備がある程度進められており、アメリカ政府との間で゙意見の交換も行われていた」との指摘もある。

 また、総司令部は、高野岩三郎大原社会問題研究所所長らを中心とした憲法研究会が1945 年 12 月 26 日に発表した「憲法草案要綱」に注目していたとされる。同案は、総司令部によって各章ごとに分析され、 国民主権が認められていることや出生、身分、性、人種及び国籍による差別待遇が禁止されていることなどが「著しく自由主義的な規定」と評価され、また、「この草案中に盛り込まれている諸事項は、民主主 義的で賛成できるものである」と評価されたとされる。

 このように、GHQが8日間で憲法草案を作ったとはいえない事情があったことがわかります。

 日和の疑問は、ハーグ゙陸戦法規43条の「国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限り、占領地の現行法律を尊重して、成るべく公共の秩序及び生活を回復確保するため施し得べき一切の手段を尽くすべし」についての疑問をわかりやすい形で表したものといえます。

 これについて資料は、両論を併記しているものの、憲法学者の間ではハーグ法規は交戦中に適用されるため、占領後については規定しないとする意見が主流です。もちろん、こういう事態は望ましいものではないとはいえるでしょう。

 次の問題は絵を示して説明する必要があります。マッカーサーが日本政府にポツダム宣言を押しつけ、 首脳らが困惑している様子が描かれています。

 慌てている幣原喜重郎総理大臣の絵がありますが、第9条を考案し、マッカーサーに提案したのは幣原総理ですから、この絵が何を意味しているのかわかりません。松本烝治国務大臣が天皇陛下の地位は変えないと述べているのは、「松本四原則」ことと考えられますが、松本四原則は天皇の統治権は変更しないものの、大権事項を削減するとも言っていますから、地位に変更を加える主旨ですから、正確な説明になっていません。

 松本国務大臣がまとめた松本案が発表されたあとに、マッカーサーによってGHQ案が提示された経緯について6ページに、マッカーサーが「もっと平和的で民主的な憲法を作ってあげましょう」「今後日本が国際社会の脅威にならないように無力化しなければ」と述べ、再びGHQの幕僚が「え…!?我々が日本の憲法の草案を8日間で作るんですか?」と驚く絵が描かれています。

 憲法改正はポツダム宣言の中の要求から出たものですが、ポツダム宣言が要求しているのは「世界征服の挙に出る過誤を行わせた者、権力または勢力を永久に除去すること」です。これを「無力化」と単純に表現することはできません。

 また、幣原喜重郎が後に第9条について述べた「平野文書」の中で、幣原氏は「そこで僕はマッカーサーに進言し命令として出して貰うように決心したのだが」と、幣原氏がマッカーサーに命令の形にしてもらったことを告白しています。

 6〜7ページは一話の結論部分ですが、内容が支離滅裂です。日本国憲法が制定された経緯の説明を終わったときのセリフを示します。

賢治
「国連の集団安全保障により世界の平和を維持するという理想のもとにね」
日和 「どういうこと?」
賢治 「国連が世界の平和を維持してあげるから 第九条にあるように戦力は持たないってことだね」
日和

「本音は国際社会の脅威にならないようにってのがなんか腑に落ちない」「平和主義はいいけどさー」

 平野文書を読むとわかるように、国連の集団安全保障と第9条はまったく関係がありません。幣原は軍拡は一向に終わる気配はなく、誰かが武器を置かない限りは続くと考え、「死中に活」の発想で第9条を創案したと述べていて、先に述べたように、マッカーサーの命令の形にすることで、成立しやすくしたのです。このマンガはそういう事情をまったく無視しています。

 本来なら二話についても論評すべきでしょうが、時間の都合もあるので、ここで終わりにします。二話では自衛隊が災害派遣で国民から認められるようになったことなどを紹介していますが、憲法問題と自衛隊の好感度は別問題です。そもそも、自衛官が任務に励めば憲法問題が解消するという話ではありません。憲法問題は憲法と政府の実態が合致しているかどうかを問うています。

 幣原が考えた第9条は、いかなる形でも軍隊を持たないことがコンセプトであり、それ抜きでは骨抜きになります。いま、我々はもともとの第9条のコンセプトを無視して、個別的自衛権までは否定できないと自衛隊合憲論に落ち着いています。そういう中での改憲論であり、アメリカが悪いという、子供っぽい、外罰的な考えで、まともな憲法改正ができるとは思えません。

 


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