戦略論
 軍事書の中でも、20世紀最大の軍事評論家と評されるリデル・ハート卿が書いたこの本は特に有名です。古い本ですが、軍事を学ぶ人が避けて通れないということで、ご紹介しておきます。

 クラウゼヴィッツの「戦争論」は一時期の戦争に焦点を当てていますが、この本は、紀元前5世紀から第2次世界大戦までの主立った戦いを戦略的な視点で解説し、その上で戦略のポイントを論じます。付録ではアラブ・イスラエル戦争も取りあげられています。

 この本をお勧めする理由は、なにより人類が行ってきた戦争の全体を一冊で読めるように編集してあることです。ざっとあげるだけでも、アレクサンダー、ハンニバル、シーザー、グスタフ、クロムウェル、ナポレオン、ヒトラーなど、目を通す必要がある戦争指導者がとった戦略について、詳細に解説しています。ギリシャ時代から現代までの戦争を一冊で詳細に解説するのは大変なことですが、それを上手に成し遂げたのが、この本です。ある戦争を解説しようとすると、どうしてもまとまりを欠いた文になりがちですが、この本ではそれがあまり見られません。簡単な本ではないにしろ、これ以上簡単にすれば本質を欠いたものとなる危険がありそうです。言うまでもなく、それぞれの戦争には代表的な評論書があります。しかし、いずれの本もテーマとする戦争を以下に詳細に解説するかに腐心するため、戦争という現象全体を戦略の視点から捉えるのは困難です。それを一人の著者が首尾一貫した視点から書いた本は、その内容が優れているならば最高の教科書となります。

 また、ハート卿は戦略のポイントを積極的6カ条と消極的2カ条に集約し、彼自身のクラウゼヴィッツ評も展開しています。なにより、8カ条のポイントなら、誰でも暗記してすぐに使えます。

積極的6カ条
  • 目的を手段に適合させよ
  • 常に目的を銘記せよ
  • 最小予期路線を選べ
  • 最小抵抗線に乗ぜよ
  • 予備目標の切替えを許す作戦線を取れ
  • 計画および配備が状況に適合するよう、それらの柔軟性を確保せよ


消極的2カ条

  • 対手が油断していないうちは、わが兵力を打撃に投入するな
  • 一端失敗した後、それと同一の線に沿う攻撃を再開するな


 イラク侵攻と2007年初頭に発表された増派は、明らかにこれらのポイントに合致しません。イラク侵攻は目的と手段が食い違っていることは、様々な人から指摘されました。「テロとの戦い」がそもそも何を指すのかが分かっていないため、銘記すべき目標が何なのか誰も分かっていません(多分、ブッシュ大統領も)。最小予期路線(敵が最も予測できない場所)どころか、バグダッド市内をパトロールする米軍の行動は武装勢力にとって予期しやすいでしょう。最小抵抗線(目標の達成に最も適した場所)ではない、アルカイダがいない場所に大軍を投じてしまいました。イラクの民主化という途方がなくて、たったひとつの目標を立てたため、予備目標への切替はできません。元々達成不可能な計画に柔軟性は持たせようがありません。敵は油断していない上に、決して集結しないのだから打撃を加えようがありません。「増派」は失敗した同一の線に沿う攻撃に該当します。多くの軍事専門家が、イラク侵攻が筋の悪い戦争だと言うのは当然なのです。

 ブッシュ大統領がこの本を読んでいれば、間違いなくイラクに侵攻しなかったでしょう。なぜイラク侵略が誤りかを自分の頭で考えてみたいという方には、本書を強くお勧めします。

 最後にひとつ追加します。どんな軍事理論書にも欠点があるものです。この本にももちろん、それはあります。軍事理論という言葉はありますが、戦略戦術は「科学」というよりは「術」であり、完全に説明できないものなのです。同じテーマでも視点を変えれば別の理論も成り立つという世界ですから、何でもこの本に書いてある理屈で分析するとか、過度に入れ込むようなことはしないでください。しばしば、軍事議論はそうした誤った方向へ進みがちですが、おそらく絶対的な軍事理論は存在しないのです。こうした性質を踏まえた上で、本書を有効に活用してください。欠点があろうと、戦争を勉強したいと思う人にとって、この本は避けて通れないのです。まず、この本で戦略のセンスの基礎を身につけ、徐々に自分の軍事的見解を組み立てられるようにするような利用法をお勧めします。(2007.1.20)

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