コラム:ミサイル防衛は闇の中

2006.12.22



 以下のコラムを読む前に、先日のトポルMに関する情報に関して、泥さんが送ってくれた情報を読むとよいでしょう。(泥さんの投稿はこちら

 ICBMなど、ミサイルに関しては地上戦に比べると情報が少なく、あっても正確性を確認できない場合が多い点が問題です。地上戦の場合、敵国の兵器が入手できる場合もあり、伝統的な戦術もあり、戦場の霧という不確実な面はあるものの、予測は比較的容易です。ミサイルに関しては重要な性能自体が公表されないので、判断がつかない場合が多々あります。

 最近ロシアがテストしたトポルMですが、噴射時間を短くしたので、早期警戒衛星から探知するのがむずかしくなったといいます。早期警戒衛星はロケットの熱線を探知するので、その時間を短くすると、運がよければ発射されたことが分からないか、途中で見失い、レーダー探知もむずかしくなります。

 すると、ブースト段階(ロケットが発射されてから宇宙へ到達するまで)で航空機に積んだレーザー兵器で撃墜する「エアボーン・レーザー」(開発中)には弱いのかという疑問が浮かびます。エアボーンレーザーは、空中で宇宙へ向かうロケットを待ち伏せする兵器です。機体に熱線を感知する装備を持っているので、早期警戒衛星の情報を待たず、自前で探知と攻撃が行える兵器です。

 しかし、ロシアの発表では、トポルMはレーザーに対しても強化が施されています。つまり、レーザーが命中してもミサイルは撃墜できないかも知れないということです。ところが、この強化に使われている技術については何の発表もされていません。単純に外装を厚くしたのか、別の技術なのかが気になるところです。

 ミッドコース段階(ロケットの燃焼が終わったあと)になると慣性飛行へ移行するため、ロケットが発する熱線が減り、警戒衛星はロケットの位置を把握できなくなる恐れがあるといいます。そのために、ミッドコース段階での迎撃ミサイルを誘導するレーダーの誘導も困難になる可能性があります。レーダーと警戒衛星はコンビで機能するもので、警戒衛星の探知能力はレーダの追尾能力に影響するのです。さらに、トポルMは精巧なデコイを発射する機能を持っており、レーダー探知をごまかすかも知れません。設計者の言では、本物と偽物を見分けるのは大変難しいということです。この見分けを担当しているのが「Xバンド・レーダー」です。このレーダーはミサイルの形も分かるといわれていて、飛行中のミサイルを撮影した映像はかなり詳細です(米ミサイル防衛局の「Seeker Imagery」というタイトルのモノクロ写真を参照。ページ中段付近にあります)。しかし、ロシアが開発したデコイがこれでも見分けがつかないようなものだとお手上げになります。また、発射したミサイルが多すぎてオペレーターが対応しきれないなどの理由で、本物のミサイルを見分けられないかも知れません。

 唯一、弱点になりそうなのは、弾頭が大気圏に再突入した後のターミナル段階です。さならる偽装装置が付いていない限り、偽物のデコイは落下せずに飛行を続けるはずなので、高度が下がった弾頭だけを攻撃すればよいと分かります。本物の弾頭と一緒に落下するデコイだと、摩擦で燃え尽きるまで騙され続け、迎撃のタイミングを失するかも知れません。でも、再突入後は、弾頭が空気の抵抗を受けて速度が落ちていくので、撃墜はやりやすくなります。それでも、ミッドコース段階で迎撃システムを混乱させればターミナル段階での迎撃も難しくなるでしょう。だから、「ミサイルの飛行過程の、ブースト段階、ミッドコース段階、ターミナル段階のいずれでもトポルMは優位を保てる」のだというのがロシアの主張です。プーチン大統領が「ロシアの防衛力の強化における重大な進歩。強力な生存性、打ち上げの迅速さ、いかなる将来のミサイル防衛を打ち破る能力」と絶賛したくなるのは当然です。

 しかし、公正に評価しようと考えると、ロシアの言い分だけを信じるわけにはいきません。アメリカにしろロシアにしろ、相手がどれだけの実力を持っているかは推測に依存して兵器開発を行っているからです。トポルMがレーザーに強いとしても、アメリカのレーザー兵器がそれを打ち破る威力があれば意味がないことになります。これは、米ミサイル防衛局がテポドン2の打ち上げ後に行った迎撃テストにおいて、「テポドン2に対抗できる能力を実証した」と主張し、「打ち上げに失敗して性能がよく分からないテポドン2を迎撃できると、なぜ断言できるのか」と批判されたことに似ています。

 ミサイルは実物が入手できるチャンスが少なく、性能はもっぱらリバース・エンジニアリングで推定しています。湾岸戦争の時、アメリカはイラクが発射したミサイルやその残骸を調べるチャンスがあったかも知れません。しかし、それらは比較的射程が短いミサイルに限られます。ICBMのように長距離を飛ぶミサイルの情報はさまざまな情報を丹念に継ぎ合わせ、そこへ工学上の知識を加えて推測するわけです。ですから、当然こうした情報には誤差がつきものです。ミサイルのサイズのような基本的な情報でも、資料によっては数字に幅を持たせているものがあります。サイズが変われば重量が変わり、必然的に速度や射程が変わる可能性が出てきます。たとえば、トポルMの射程が今回、従来よりも若干短く公表されたのは、外装を強化した分、重量も増加し、射程が縮まったことを意味するのかも知れません。

 そこで、アメリカがエアボーン・レーザーの出力や照射時間を長くするなどして、トポルMでも撃墜できるようにできるのかが気になってくるわけですが、そんな情報は一般人には手に入りません。情報がなくても理論的に推測できるならよいのですが、この分野ではほとんど無理です。将来、エアボーン・レーザーの実射テストが行われ、標的ミサイルが撃墜されても、その外装がトポルMと同程度に強靱でない限り、性能は確認できないことになります。ミサイル防衛の場合、こうした性能が防御能力に直接影響します。しかし、その実態を知ることはむずかしいのです。また、北朝鮮のミサイル技術者は、ソ連崩壊後に北朝鮮に来たロシア人だといいます。彼らが、今回の実験に注目しないわけがありません。“直ち”にとは行かないまでも、将来的に同種の物を作ろうとするのは、これまでの経緯から十分考えられます。

 地上戦の話なら、もっと見通しができるのですが、ミサイル防衛では情報不足や開発中の武器もあることから、将来的に十分なものになるのかを明言できません。高い迎撃率を示すのか、まったく駄目なのか、その中間なのか。そんな不確実さがミサイル防衛問題の困ったところです。核戦略を展開する国はどこも、“抑止力”を強化する目的で開発、情報公開を行うため、兵器の性能だけを見ていると翻弄されがちです。希に、ミサイル防衛を強烈に推進する意見を述べる人を見かけますが、「どうしてそこまで断言できるのか」と私は思います。ミサイル防衛は慎重に首をひねりながら進めるべき分野なのです。「そこまで言うのなら、理由なり根拠なりを示して欲しい」と思うのです。

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