今月10日付のニュース解説で、イラク北部を担当する部隊の指揮官ベンジャミン・R・ ミクソン少将が「米軍が退却できる可能性が高いのはのニネベ州だ(Ninevah province:10日の記事ではニーナワー州と表記しましたが、主要国内メディアの表記に合わせるために修正)」と述べたと書きました。もう耳にしていると思いますが、少なくとも死者260人、負傷者320人を出したテロ事件は、このニネベ州のシンジャル(Sinjar)近郊で起こりました。
10日の解説では、なぜニネベ州ではテロ事件が少ないと言えるかは解説しませんでした。今日はそれについて書き、この事件が意味するものを考えます。
ニネベ州でのテロ事件はチグリス川周辺で起こるのが普通でした。モスル(Mosul)はその代表です。ここにはクルド愛国同盟(PUK)の事務所があり、そこを狙った爆弾事件が起きています。この州は交通の要所から若干はずれており、シリアからイラクに入る武装勢力の通り道でもなく、重要度が低いことからテロ事件は他よりも少ないと期待できます。クルド人がいる地域は比較的治安が安定しているのも事実です。こうしたことから、ニネベ州ではテロが少ないと期待できる訳です。
しかし、イラク北部にはクルド人だけでなくトルコマン人(Turkoman)やヤジディ教徒(Yazidi)もおり、クルド人は少数派には出て行ってもらいたいと考えています(下の民族・宗派分布図を参照して下さい)。しかし、イラク警察はこのテロ事件がクルド人ではなく、イラク国内のスンニ派アルカイダ組織によって行われたと考えています。今回の事件はニネベ州も安泰ではないことを示したのです。
ミクソン少将の希望的観測は一瞬で崩壊しました。まさかとは思いますが、犯人たちはミクソン少将の発言を聞いて、この事件を仕組んだのかと疑わざるを得ません。イラクの安定と米軍の撤退は極めて難しくなったと言えます。昨夜、NHKの「日本の、これから」を見ましたが、未だにイラクの状況を理解せず、テロとの戦いを叫ぶ参加者がいたのには驚きました。お題目を唱えれば現実がついてくると考える前に実状をよく観察すべきです。軍事を考える上では、特に実態に着目することが大事です。「言葉」だけの議論は慎まなければなりません。本当にテロとの戦いに勝ちたければ、イラクから撤退して、国際社会の反テロ機構を根本から再編し、軍事・非軍事的手法の両方を用いて取り組まなければなりません。それは長期戦にならざるを得ませんが、効果のない軍事作戦を繰り返すよりは数段ましです。