悩めるアルカイダ指揮官の日記

2008.2.11



 米軍は今日発表する報告書の中で、アルカイダの戦士アブ・タリク(Abu Tariq)が書いた日記を公表すると、military.comが報じました。日記は第101空挺師団が、昨年11月3日に、定期的なパトロールの最中に入手したもので、16ページにわたる内容です。

 タリクの受け持ち区域であるバラド(Balad)の南方にあった5個大隊のアルカイダ戦士は連合軍の侵入により壊滅しました。第4大隊「アル・アワル(al-Ahawal)」の隊員のほとんどはろくでなしと派閥主義者、非信者で、中でも最悪の隊員は大隊を最初に脱走し、シリアへ逃亡した後、戻ってきて裏切り者たちと合流したとタリクは名指し(名前は発表にあたり匿名とされました)で書いています。大隊の隊員は200人から10人へと下落しました。武装勢力の名簿は300人から16人へと急落し、その後、一人が逮捕され、もうひとりが負傷しました。タリクは連合軍に協力するようになった住民が、アルカイダ衰退の原因と批判しています。部族民が態度を翻す前は約600人の戦士がこの地区にいましたが、多くの戦士が去り、脱走兵と合流しました。事態はかつてないほどに悪くなり、戦士の数は20人以下に落ち込みました。この他、車両や武器の隠し場所、アルカイダ戦士と裏切り者の名前が日記に書かれています。

 アルカイダの機密情報までが書かれている日記が手に入ったのは驚きです。米軍は、この日記がどうして書かれたのかは不明だとしています。タリクは殺害や逮捕が確認されておらず、このような重要な情報を隠れ家に放置した理由は、確かに疑問です。外出後、戻る前に米軍が来たのか、何らかの理由で戻れなくなったのか。タリク自身がアルカイダを辞めてしまったのかも知れません。米軍がこの種の証拠を偽造するとは考えられません。今時、日記だけで増派政策の効果を信じる人はいないし、偽物と発覚した時に受けるダメージが大きすぎます。日記が本物であるとして、その意味を考えてみます。

 この記事はまず、米軍の情報網も実はこの程度、ということを示しています。敵の拠点を占拠した時はできる限りの情報収集が行われますが、この日記はそうして手に入った情報の一種です。バラドでのアルカイダの活動は元々それほど活発ではありません。下のグラフは2007年のバグダッドとバラドの戦死者数の違いを表しています。ピンク色がバグダッドでの戦死者、青色がバラドです。バラドはどの月も死者が二桁に達していませんし、増派の影響がほとんど見られません。テロ組織が壊滅状態なのに、活動だけは低レベルで継続しているという不思議な現象が起きていることが分かります。バラド地区のアルカイダが衰退したのは間違いがありません。しかし、テロ事件のレベルとはほとんど関係がないことになります。すると、「成果」とは何かという疑問が生まれます。

 唯一考えられるのは、バラドの戦士はバグダッドでのテロ攻撃に多く参加しており、バグダッドのテロ事件の減少は彼らが減ったことに大きな関係があるということです。首都から80km程度のところにあるバラドは、拠点として利用しやすいのかも知れません。こう考えると、成果はあったことになります。

 9日付けの記事と今回の記事で、昨年夏以降のアルカイダの衰退の原因が分かったような気がします。テロ組織にとって、一種の伸び悩みのようなものがあったのです。これはまだ盛り返す余地を十分に持っています。すでに、アルカイダは戦術の変更を打ち出しています。転換に成功すればイラクのアルカイダは再び活発に活動するでしょう。シーア派のマハディ軍が休戦を止めた後の変化も気になりますし、マハディ軍が停戦した理由が、アルカイダが昨年夏から当面した問題に似ている点も気がかりです。マハディ軍がそれを克服できるのなら、アルカイダにもできるかも知れません。今後、アルカイダはイスラム教徒の支持を得やすい形に変化し、テロ戦層の様相はますます複雑化していくのは間違いがないと言えます。

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