9月7日付けの産経新聞の記事 「紛争の長期化、避けられず グルジア紛争一カ月」(佐藤貴生、遠藤良介記者)は、グルジア紛争についてのまとまったレポートです。しかし、内容に多少疑問もあります。
欧州安保協力機構(OSCE)の監視団は4日、南オセチア周辺で警戒活動を始める見通しとなり、欧州各国も200人規模の非武装監視団の派遣を決めた。
OSCE のウェブサイトによると、8月4日、グルジアに到着した将校で構成される監視団28人が、首都ツヒンバリから4kmのカラレティ(Karaleti)からメガレヴェキシ(Megrevekisi)に至る道路を監視しています。最終的に200人程度になる予定ですが、各国は人員を出し渋っており、まだ80人の追加要員を人選する段階に留まっています。つまり、現状では予定の半分を決めようとして揉めているところなのです。OSCE議長のアンティ・トルネン(Antti Turunen)は、4日、「御存知のように、シュピーゲル誌(ドイツのニュース雑誌)の記事を裏づけるはずの監視報告は何もないのです」といって、参加国を急かせたということです。どう見ても、OSCEの動きは鈍く、遅すぎます。色々な事情はあるでしょうが、このペースではロシアの動きに追いついていけません。
今回の紛争の端緒は8月8日未明、グルジアが南オセチアに軍事進攻し、ロシアがそれに報復したという構図だが、ロシアは1990年代から住民にパスポート(市民権)を与え、今回の軍事侵攻の口実となった「自国民保護」の素地を作ってきた。
ロシア軍は開戦から48時間以内に装甲車両2000両と兵士2万人を投入したとされる。南オセチアの住民数千人を事前に避難させたとの情報もある。
グルジアのサーカシビリ政権はこうした情勢に焦りを募らせ、南オセチアを短期間で武力制圧しようとした疑いがあり、「ロシアがグルジアに開戦させるための罠を仕掛け、グルジアがそれに乗ってしまった」(グルジアのアナリスト、フハシビリ氏)との見方にも説得力がある。
このまとめはグチャグチャで、読者が混乱するように書かれています。
まず、南オセチアからグルジア側へ重迫撃砲の砲撃があったことは、国内メディアではほとんど無視されており、この記事にも書かれていません。記事を要約すると、こうなります。
ロシアが南オセチア住民にパスポートを与えたが、これはロシアが南オセチアに侵攻するために、グルジアに仕掛けた罠であった。グルジアは南オセチアの住民がロシアのパスポートを持つことに危機感を持ち、8月8日に南オセチアに侵攻した。ロシアはこの動きを察知しており、南オセチア住人千人を事前にロシアに避難させた。ロシアは自国民を保護するという口実で、48時間以内に兵士2万人を投入した。グルジアはこの情勢に焦り、南オセチアを短期間で武力制圧しようとした。
私が認識する経過はこうです。
ロシアは南オセチア住人にパスポートを与え、南オセチアのロシアへの帰属化を準備した。ロシアは侵攻するために、兵士2万人をグルジア国境近くに待機させた。ロシアは、南オセチアの住人千人をロシアに避難させてから、南オセチアの分離主義者に命じてグルジアを砲撃させた。グルジア軍は砲撃を止めさせるために、南オセチアに侵攻した。ロシアは自国民を保護するという口実で、48時間以内に兵士2万人を投入した。グルジアはロシア軍に歯が立たず、短期間で休戦を申し出た。
明確なきっかけがないと、ロシアはいつグルジアが南オセチアに侵攻するかが分かりませんし、2万もの大軍を国境に貼り付けたままにすることもできません。短期間で軍を動員し、グルジアが開戦せざるを得ない状況を作り出し、侵攻を開始するという手順でないと、速やかな侵攻は不可能です。グルジアの侵攻を確認してから軍に動員をかけ、移動を開始するのでは、このような迅速な侵攻はできないのです。
ロシア軍の侵攻後はグルジア側には勝ち目がなく、一方的な戦いになったはずですが、記事はグルジアが短期間に南オセチアを制圧できると考えたと書かれています。これは単に文脈の乱れで、段落の位置をもう一つ前に移動すれば済んだのかも知れません。
紛争発生後、70−100億ドルに上る欧米の資金がロシアから逃避したとされ、ロシア政府は5日、下落に歯止めがかからない通貨ルーブルを買い支える市場介入を行った。
これを書いたのは適切だと思います。紛争があるところから投資家は逃げます。投資家の間では、当然のように、グルジア紛争は話題になり、資金を引き揚げる者が出るわけです。資金の引き上げが続くようだと、ロシア政府も多少態度を軟化させるかも知れません。紛争を解く鍵として、記憶しておくべきことです。
国内メディアの海外報道は表現が曖昧だったりして、不満を感じることが少なくありません。4日に報じられた、南オセチア領内で、アメリカ人工作員のパスポートが発見されたというRecord China 配信の記事も、要約されすぎなのか、よく分かりませんでした。ワシントン・ポスト の記事がかなり詳しく伝えています。マイケル・リー・ホワイト(Michael Lee White)という語学教師がCIA職員だというロシアの主張は噴飯物です。プーチン首相が主張した、戦闘地域にアメリカ人がいたという証拠は、どうやらこのパスポートだったようです。秘密工作を行うCIA職員が、自分名義のパスポートを持って現地に入るわけはありません。元KGBのプーチンが、そんなことを知らないはずはないのです。私は先日、記事 の中でプーチンの精神状態に疑問を呈しましたが、プーチンは嘘と承知で主張したのであり、まったく正気だったということです。こんな古典的な手が世界に通用すると思っているロシア人の思考方法は覚えておかねばなりません。