13日に紹介したカバイソン・レポートは、これまで不透明だったアフガン戦の状況をかなり詳しく教えてくれる貴重な資料であることが分かってきました。これは2008年7月13日の戦闘について解説するだけでなく、アフガン戦の全体像を反映しているといえます。これまでに読んだ範囲で、その内容をご紹介します。(過去の記事はこちら)
タリバンの戦術
米軍はウェイガル峡谷に戦闘前哨基地(COP)「カーラー」(アフガン保安隊員に射殺された下士官の名前が基地名となっています)を設けていました。さらに、この近くには監視所(OP)「トップサイド」も設けられていました。OPは周囲が見渡せるような場所に設けられており、前線観測員(FO)と防御用の戦力が置かれています。FOは着弾観測の訓練を受け、無線機を持った隊員のことです。任務は榴弾砲や迫撃砲などの間接砲撃を誘導することです。間接砲撃とは、目標を直接視認しない砲兵隊が、FOなどに砲撃座標を指定してもらい、弾道計算によって砲撃を行うことです。榴弾砲や迫撃砲は、低速の砲弾を上空に向けて打ち上げ、砲弾を自由落下させて砲撃を行います。FOが砲撃すべき場所を砲兵隊に連絡すると、砲兵隊はその情報をもとに砲身の仰角、方位、装薬の量を計算により算出して砲撃します。砲兵隊は目標を視認しない場所にいながら、正確に敵を攻撃できるのです。
通常なら、COPカーラーを陥落させることが攻撃目標となるのですが、タリバンはOPトップサイドを陥落させることを目標としました。カバイソン・レポートはタリバンの攻撃目標を次のように分析しています。
- 状況が許すなら、米軍主力に対して攻撃を敢行し得るような圧倒的な火力の攻撃を持ってCOPカーラーと交戦する。
- この火力攻撃を、COPカーラーの米軍の防御者を釘付けにして、米軍武器システム(迫撃砲とTOW対戦車ミサイル)を破壊するか制圧し、COPカーラーをOPトップサイドから孤立させるのに用いる。
- 重火力を持つ武装勢力の主力を市場、ホテル施設、モスクへ配置してOPトップサイドをより孤立させる。
- OPトップサイドの防御線を突破して、OPトップサイドを蹂躙する。
- 米兵を捕獲して、米兵の身体を拘束するか、米製の武器と装備を捕獲し、この捕獲物をビデオに記録する。
つまり、弱勢力のOPトップサイドを攻撃することで、米軍に確実に打撃を与えるのがタリバンの戦術でした。OPの機能を停止させることで、FOの活動を止めさせるのが目的ではなかったのです。これは、米軍が強力な支援戦力(砲兵、爆撃機、武装ヘリなど)を持ち、それらが用いられる前に勝負を決めないと、同じ支援戦力を持たないタリバンは確実に勝ちを収められないという制約の中では極めて有効な戦術です。短時間で戦果を出して、さっさと撤退するのがゲリラ戦の定石なのです。そういう意味で、この戦術は兵法にかなっています。もちろん、可能ならCOPカーラーを陥落させることも視野に入れています。
もうひとつのタリバンの戦術の特徴は、RPGを大量に使用したことです。小隊の無線手ジョン・ヘイズ技術兵はこう述べています。「敵はRPGで攻撃しました。たくさんの、たくさんの、たくさんのRPGでした。彼らはそれを永遠に続けるかと思いました。誰かが走って再補給したか、大きなRPGの貯蔵所を持っていたに違いありません」(109ページ)。他の兵士の証言でも、タリバンがRPGを連続的に発射して攻撃してきたことが分かります。もちろん、RPGだけでなく、銃撃も極めて激しかったことも説明されています。このため、米兵は銃身が白熱化するまで大量の銃弾を撃つ必要がありました。
こうした戦闘の特徴から、米軍は短時間に大量に弾丸を発射しても壊れない銃を開発する必要がありそうです。空冷だけでなく、強制冷却システムを持たせる必要が出てくるかも知れません。単に、弾詰まりが起こらない銃に置換するだけでは足りないかも知れません。
苦戦する米兵
こうしたタリバンの猛攻撃に対して、米軍兵士は必死で戦いました。その一部を要約して紹介します。
COPカーラーには、120mm及び60mm迫撃砲の陣地がありました。COPはその周囲にHESCO(土砂を詰めた巨大な立方体形の障害物)を巡らしていましたが、タリバン兵は木に登って、HESCOを超えて陣地内を銃撃したり、RPGで攻撃しました。その結果、120mm迫撃砲の砲弾が爆発しだし、陣地が火に包まれる恐れが出てきたので、米兵は待避しようとしました。この時、アバッド技術兵が足と肩に重傷を負っていました。チャベス三等軍曹とモース技術兵は、アバッド技術兵の肩をつかみ、彼を引きずって避難しようとしました。ところが、チャベス三等軍曹が両足を撃たれて倒れます。チャベス三等軍曹は這いながらも、アバッド技術兵を引きずろうとしましたが、2人は他の兵によって救出されました。(113ページ)
このあとで、先般から燃えていた、対戦車ミサイルTOWを搭載したハンヴィー(大型の機動車両)が爆発し、火炎とTOWミサイルを周囲にまき散らしました。アフガン兵1人がこの炎で火だるまとなりました。さらに、TOWミサイル2基が中隊指揮所に落下し、この1基は兵の近くに落下しました。このミサイルのエンジンは点火していました。フィリップス二等軍曹は空の土嚢袋で噴射中のミサイルを包んで運び、銃弾が飛び交う開墾地へと放り投げ、危険を回避しました。後に、彼はこの功績によって殊勲十字章を受勲しました。残りの1基はメイヤー大尉が拾い上げ、土嚢で作った障壁の向こうに放り投げました。(114〜115ページ)
こうした勇敢な行動を美談として捉えるべきではありません。こうした行動は珍しくないことが最近の研究によって明らかになっています。当サイトでも紹介しているデーヴ・グロスマン氏の「戦争における『人殺し』の心理学」「戦争の心理学 人間における戦闘のメカニズム」によると、兵士は実戦では逐語的に訓練で習ったことを繰り返すのであり、時には不合理な行動すらするのです。時々、信じられないような行動が行われることもあります。ここで紹介した武勲も、無我夢中の中での行動だといえます。一番まずいのは、こういう勇敢な兵隊を裏切らないために、アフガンから撤退してはいけないといった議論をすることです。ジョン・マケイン上院議員あたりが得意な論法ですが、これは戦術と戦略の判断を混同しており、まったく合理的ではありません。マクリスタル大将が、前哨基地を放棄して人口密集地域に兵を集中しようとしているのには、軍事上の正当な理由があります。以前に書いたように、これがタリバンを人口密集地域に集めるかも知れないという危険は当然あります。それはそれ、これはこれなのです。