military.comによると、3月31日、アフガニスタンから帰還する途中だった早期警戒機E-2C「ホークアイ」がアラビア海北部に墜落し、機長のミロスラヴ・“スティーブン”・ジルバーマン海軍大尉(Lt. Miroslav "Steven" Zilberman)が死亡しました。その死は英雄的なものでした。ここでは、彼の死から「英雄と戦争」について考えます。
ジルバーマン大尉が操縦するE-2Cは空母アイゼンハワーから数マイルのところで右エンジンが停止し、機体は不安定になり、急降下を始めました。ジルバーマン大尉は副操縦士を含む3人の乗員に脱出を命じ、彼らが飛び出せるように可能な限り機体を安定に保ちました。そして、機体と共に海面に墜落し、3日後に死亡が宣言されました。フィリップ・S・デビッドソン准将(Rear Adm. Philip S. Davidson)は、ジルバーマン大尉の家族にあてた手紙で「ほとんど制御不能の力でしたが、彼は彼らがそうするために機体を水平に保ちました。彼の3人の乗員が今日生きているのは、彼の行動のお陰です」と書きました。海軍は機体を海から引き揚げる活動を開始する予定です。ジルバーマン大尉は航空殊勲十字章(the Distinguished Flying Cross)を受勲し、彼の妻が受け取りました。夫婦には4歳と2歳の子供がいます。また、唯一の子供を失った大尉の両親は勲章のレプリカを受け取りました。ジルバーマン大尉はウクライナ生まれ。コールサインは「アブレック(Abrek)」で、これはソ連で最初に宇宙に行った2匹の猿の1匹の名前です。デビッドソン准将は両親にあてた手紙の中で「私は彼ら(乗員)が彼を決して忘れないと確信します。私は彼を永遠に忘れません」。
必要な個所だけを要約しました。ジルバーマン大尉が行った行動は軍人として最大の栄誉に輝く資格を持つものです。これが戦闘地域で、敵の攻撃によって起きたのであれば、名誉勲章を受けるべき内容です。名誉勲章の受勲条件に、武勲が発生したのが戦闘中であることと書かれているため、敵と交戦中ではなかった大尉は受勲の条件外となるのです。航空殊勲十字章は名誉勲章を除くと軍人の最高勲章ですから、米海軍はジルバーマン大尉に最高の名誉を与えたのです。
この記事にリンクされている掲示板には、ジルバーマン大尉を称賛するメッセージが沢山書き込まれています。
「このような男が今でも我々にいることを、神に感謝します」
「マゼル・トフ(Mazel tov ヘブライ語の「幸運を祈る」の意味)」。そして、安らかに眠れ。君と祖先を同じにすることが私は誇らしい」
「彼と彼の家族に神の祝福を。彼は英雄として記憶に留められるでしょう」
ジルバーマン大尉の行為は英雄的で、勲章を与えることも間違ってはいません。しかし、上記の投稿のように、こうした話に感傷的になるのは、軍事問題を考える上で障害になる危険があります。
こうした行動には、すでに確認されている心理状態が関係しています。戦争に関する心理学によると、こうした行為は「自動操縦」によって行われることで、兵士は意識しないうちに事態に対応しようとして、こうしたことをやるのです。たとえば、警察官が訓練で犯人を取り押さえる訓練で、人差し指を指して拳銃を突きつけたことにして訓練していたら、本当の逮捕でも拳銃ではなく、指を突きつけてしまったという実例があります。このように、どんなに馬鹿げたことでも、兵士や警察官は訓練で身につけたことを自動的にやろうとするのです。このため、時々、戦場では英雄的な行動が生まれます。歩兵は戦友を守れと教えられるので、手榴弾が味方の近くに飛んできた時に、自分の体で爆風を防ごうとして戦死することがあります。傍目には、自己の犠牲を顧みず、戦友を守ったように見える行動も、結局は訓練で身についた考え方や習慣を実行しようとして、その結果として命を落としているのです。(以上の記述は、デーヴ・グロスマン、ローレン・W・クリステンセン共著「戦争の心理学 人間における戦闘のメカニズム」を参照)。
さらに忘れるべきではないのは、戦争の複雑さや悲惨さは、本質的に英雄的行為を越えているということです。もし、英雄的行為に目を奪われて、それを基準に戦争を考えようとすれば、必ず間違いに陥ります。一番典型的なのが、「いま撤退すれば、これまで戦死した兵士を裏切ることになる」と言って、重要な決断を先延ばしにする事例です。太平洋戦争での日本がそうですし、現代でもジョン・マケイン上院議員などの米議員から聞かれるセリフです。冷酷に見えても、戦略的判断と英雄的行為は別問題として考えるべきです。そうしないと、さらに多くの兵士が命を落とすことになりかねません。民間人が兵士に出来る最大の貢献は戦略的判断を誤らないことなのです。