20日に紹介した、ソマリアの海賊を海賊罪で起訴できなかった記事の続編です。(記事はこちら)
被告が海賊行為をはたらいたと認めているのに、海賊罪で起訴されていないのはおかしいと思う人がいるかもしれません。これにはいくつかの問題があります。
まず、海賊法には忌まわしい過去があり、現在はあまり使われなくなった刑罰です。過去、各国は海賊に対して死刑や無期懲役などの重罪を科しただけでなく、残虐な処刑方法を用いてきました。次第に海賊罪はほとんど起訴・処罰されなくなり、ソマリアの海賊が問題視されるようになるまでは、ここ百年くらいは適用される者がいないほどでした。海賊法を当たり前の法律として受け入れるのは、同時多発テロ以降のアメリカの過剰反応に付き合うことになる危険性があります。ロシアも、自国の兵器を積んだ船がソマリアの海賊に奪われた途端に過激な手法を用いるようになり、一端、解放した海賊を洋上で始末したと思われる事件まで発生しています。もともと、評判の悪い法律が、テロ問題と共に不幸な形で復活したわけです。そこで、海賊に対しては強盗罪などの通常の刑法を適用する場合もあります。そのため、ジャクソン判事は、海賊罪以外の犯罪の起訴を認めたわけです。
法律上、海賊罪と定めた場合、海賊行為が行われたことが適用の条件になります。しかし、小型スキフに乗る海賊が海軍の戦闘艦を乗っ取れる可能性はゼロに近く、被告らが商船と勘違いして攻撃したと供述していることから、海賊罪は成立しないと判断されたわけです。しかし、過去にそうした事例がなかったわけではありません。記事中にある「米政府 vs スミス」裁判では、私的な武装艦に対する乗っ取りが海賊行為と認定されました。
ここでは「justia.com」の解説などから事件を説明します。
事件は1819年に、複雑な政治環境の下で起こりました。
1808年にナポレオンが指揮するフランスがスペインに侵攻すると、スペインの植民地はフランスに支配されたスペインに反旗を翻し、植民地の独立を宣言しました。1816年にはブエノスアイレスを首都とするリオ・デ・ラ・プラタ連合州の独立が決まりましたが、連合内でも内乱となり、ブエノスアイレスはアルティーガス(現在のウルグアイ)とも対立しました。
事件の概要は、こうです。事件発生時、トーマス・スミスとその他の被告は、スペインと戦争中だったブエノスアイレス政府の命令で、マルガリータ島(現在のベネズエラにああります)の港に停泊中だったクレオロ号の乗員の一部でした。スミスとその他の者は反乱を起こして、士官を監禁し、下船し、暴力を用いて、同じくスペインと戦争中のアルティーガス政府の命令で港内に停泊していた、個人所有の武装艦イレジスティブル号を強奪しました。スミスらはイレジスティブル号を占有し、士官を配置して、いかなる書面や命令もなく海に出て、航海を行い、その最中の1819年4月19日、公海上において、イレジスティブル号を略奪し、強奪した罪で米当局に逮捕されました。彼らの行為が国内法の海賊罪に抵触するかどうかで地方裁判所の判事の間で意見が分かれ、最高裁が海賊罪と認定したのです。
また、国際法では公海上での海賊行為を取り締まれても、領海内での海賊は対象にできません。実際には海賊行為の多くは領海内で起きていて、それらの対策は各国に任されています。ソマリアの海賊がアデン湾を中心に活動するのは、アデン湾から紅海へ抜けようとすると、狭い海峡を通るしかなく、商船を捕捉しやすいからです。そこで、彼らは比較的海岸に近い場所で活動しているのです。
現代社会においては、事態は余計に複雑になっています。いま世界には、海賊に外見が似ているのに海賊でない人たちがいます。半分冗談として言いますが、「シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society)」が、そうです。彼らはジョリー・ロジャー(海賊旗)を模した旗を使い、日本やその他の捕鯨を行おうとする船に対して攻撃を繰り返しています。彼らをテロ組織に指定する国もありますが、皮肉にも本部は、テロを許さない大国アメリカの中にあります。彼らの行為は国際法上の海賊の定義に抵触します。しかし、本気でシー・シェパードを海賊罪で取り締まろうとする人はいないでしょう。今年、洋上で第2昭南丸に侵入したシー・シェパードのピーター・ベスーンは艦船侵入、傷害、威力業務妨害、銃刀法違反、器物損壊などで有罪になっており、海賊対処法は適用しませんでした。
緊急事態なのだから小難しい法律などに構っていられないという意見は、しばしば説得力のあるものとして受け入れられがちです。これは非常に危険な考え方です。曖昧な法律を作って管轄官庁に渡すと、法の解釈が曖昧になり、不当な取り締まりや逮捕を起こしかねないのです。不法な海賊相手に上品な手法を使ってはいられないという考え方はあるかも知れません。また、軍事的に見ても、大ざっぱな戦略戦術はあとで敗北を招きがちです。現在の海賊対策も、そうした危険な側面を見せており、日本が慎重に対処すべきであるのは言うまでもありません。政治、官庁、メディアに、そうした意識があるように見えない点が気になっています。