「特殊部隊がカダフィ捜索」記事の誤り
産経新聞が、カダフィ大佐の捕獲にイギリスの陸軍特殊部隊「SAS」が主導したという記事が掲載されていますが、いくつかの勘違いがあります。産経新聞は軍事問題を積極的に報じますが、間違いが多いのが問題です。
問題点をはっきりさせるために、産経新聞の記事と引用元であるデイリー・テレグラフ紙の記事を私が訳したものを併載します。
まず、産経新聞「カダフィ大佐追跡に英陸軍特殊空挺部隊投入」を読んでください。(原文のまま)
【ロンドン=木村正人】リビアの最高指導者だったカダフィ大佐の行方に世界中の注目が集まる中、破壊活動や対ゲリラ活動を行う英陸軍特殊空挺(くうてい)部隊(SAS)が反カダフィ派による捜索を先導している。25日付の英紙デーリー・テレグラフなどが報じた。
SASは英情報局秘密情報部(MI6)とともに3月初め、リビア北東部ベンガジの「国民評議会」に接触。トリポリ攻略作戦を成功させるため、数週間前から反カダフィ派兵士を装ったSAS22人が戦術を助言したり訓練を施したりし、英国やNATOに空爆目標を連絡していた。
カダフィ政権が予想以上に早く倒れたため、キャメロン英首相の指示でSASの任務は大佐の捕獲に変更されたという。NATO軍も偵察機を投入して大佐追跡に全力を挙げている。評議会は大佐の生け捕りか殺害を求めている。
キャメロン政権は表向き「地上部隊は派遣しない」と説明していた。大佐の拘束には100万ポンド(約1億2600万円)の懸賞金がかけられており、評議会も情報提供者には免罪符を与える方針だ。国際刑事裁判所(ICC)は大佐ら3人の逮捕状を発行しているが、評議会は「ICCへの身柄引き渡しより国内での裁判を優先する」という。
以下はデイリー・テレグラフ紙の「Libya: SAS leads hunt for Gaddafi」の該当部分です。
百万ユーロがカダフィの首にかけられたので、第22SAS連隊の兵士たちは、デビッド・キャメロン首相の命令を受けた後、反政府軍兵士を指導し始めました。
初めて、国防筋はSASが数週間リビアにおり、トリポリ陥落を手配する主要な役割を果たしたことを認めました。
首都の大半が現在、反政府派の手に落ちたので、アラブの民間人の服装を着て、反政府派と同じ武器を持つSASの兵士は、火曜日に要塞化した司令部が占領されてから逃走しているカダフィの捜索に焦点を移すよう命令を受けました。
まず、単純な誤訳があります。「SAS22人」は「第22SAS連隊」の誤りです。原文には「22 SAS Regiment」と書いてあります。訳者は英語表記に慣れていないのかも知れません。アメリカ英語なら「22th」と書くでしょうが、イギリス英語ではこうなのです。「第22SAS連隊」はSASの基幹部隊ですから、ここは間違えて欲しくないところです。
産経新聞の記事では、多くの人が特殊部隊が砂漠の中でカダフィ大佐を捜索しているのを想像することでしょう。多分、記者はそのように読んだのでしょう。「キャメロン政権は表向き『地上部隊は派遣しない』と説明していた」と書いているからです。しかし、前線に出ているのは民間軍事会社で、訓練を請け負っているのが特殊部隊かも知れないと、私は想像します。これなら万一のことがあっても、イギリス政府は言い訳ができます。
特殊部隊がカダフィ大佐が立ち寄りそうなところを急襲するようなことはやっていません。まずはカダフィ大佐の居場所を突き止めるのが先決です。彼が見つかったら、反政府派に捕まえさせることを優先させます。それが難しいようなら、NATO軍の特殊部隊を投入することはあるかも知れません。これは状況次第であり、未定です。
前線に特殊部隊や元隊員である民間軍事会社の警備員がいることは、6月には確認されていました(過去の記事はこちら)。military.comの記事では、イギリスのリーアム・フォックス国防長官(Defense Secretary Liam Fox)が、SASやSBS(特殊舟艇部隊)がカダフィの居場所を特定する活動に参加しているかどうかを認めることを拒否しましたが、NATO軍が主要な役割を演じていることを認めたと言います。特殊部隊の活動は何でも秘密が当たり前なので、フォックス国防長官は答えたくないのでしょう。
デイリー・テレグラフ紙の記事からは、NATO軍が通信傍受と航空偵察によりカダフィ大佐の追跡を行っていること、SASのような特殊部隊が反政府軍の訓練を行っていることを読み取るべきです。また、6月には特殊部隊か民間軍事会社がリビアにいることが確認されているのですから、「SASが数週間リビアにおり」という国防筋の見解は実態をより小さく見せようという意図が感じられます。産経新聞はそれに気がつくこともなく、そのまま紹介しています。
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