「The Sentry」報告書 キール大統領(2)
「The Sentry」報告書のキール大統領に関する部分の日本語訳の第2回目です。今回紹介するのは19〜22ページです。(報告書の原文はこちら)
ラビングトンの贅沢な別荘
- ナイロビの富裕層向け住宅地、ラビングトン(Lavington)のゲーテッド・コミュニティの入口から400mの場所にあり。2本の高圧電線が上に突き出た3×3.7mの軽量コンクリートブロックのフェンスで囲まれ、厳重に警護された屋敷。(kmzファイルはこちら)
- 大型ガレージ、ゲストハウス、警備所と思われる建物があり、庭の向こうに2階建てで、数カ所にバルコニーがある464.5平方メートル以上の邸宅。その奥に、広々とした、眺めがよい、緑豊富な裏口へ続く私道がある裏庭。
- 外からは、ほぼどの角度からも高い壁と木々により、家はみえない。
- 「The Sentry」は現地へ行き、キール大統領の住居を確認。
- この家は公式発表や報道がなかったにも関わらず、キール一家が住んでいることは知られていた。
- 最初に公になったのは、2014年に警察沙汰になった、キール一家のメンバーが関係した家庭内の事件がケニヤと南スーダンの新聞に報じられた時。
- 現地で集めた証言は、この家がキール大統領の親族が居住し、キール大統領が所有していることを認めた。キール一家が邸内にいる写真も多数入手した。
- キール大統領の子供と孫数人は、国外の私立学校に入った。
- 孫4人は学費が年間約10,000ドルのナイロビ郊外にある私立学校に入った。
- その他の子供はオーストラリア、マレーシア、ウガンダの高校と大学に入った。
- 子供たちは教育以外でも世界を旅行し、ヨーロッパ(パリ、ミュンヘン、オスロ、ミラノ)のバーケーションを示す写真をソーシャルメディアに投稿した。
- ソーシャルメディアのアカウントは、大統領の子供数人とその他の友だちが、内戦の最中に、ジェットスキーに乗り、高級車を運転し、船上でパーティを行い、ナイロビの高級ホテルでのクラブ通い、飲酒をしていたことを明らかにした。
キールの所有会社
- 2016年2月に法人化された「Combined Holding Limited(CHL)」の企業情報には、法人化の日付け、株主の名前、連絡先、彼らのパスポートの写しが掲載されており、株主の一人は「サルバ・キール・マヤディット」の名前がついた12歳の子供で、職業欄は「大統領の息子」となっている。
- 少なくとも7人の子供が広範なビジネスベンチャーの株式を持つ。
- 2015年6月26日の書面は、28歳の大統領の息子、シーク・キール(Thiik Kiir)は「Nile Link Petroleum」の株式35%を保有。
- 2014年の書類は29歳の息子で、パスポートで大統領の息子と確認されるマヤー・キール(Mayar Kiir)は「Oil Line & Hydrocarbons Limited」の株式半分を持つ。残りの株式はケニヤ人ビジネスマン3人が保有する。
- 2015年5月25日の書類は、マヤー・キールが油田施設と石油供給を業務とする「Specialist Services Co. Ltd.」の株式50%を保有していることを示す。
- もう一つの書類は大統領の娘、アダット・サルバ・マヤー(Adut Salva Mayar)が「Rocky Mining Industries Limited」の株式を所有することを示す。
- もう一つの書類は、大統領の29歳の娘、アノック・キール(Anok Kiir)は「CPA Petroleum」の株式45%を保有することを示す。
- もう一つの企業情報は、大統領の20歳の娘、ウィーニー・サルバ・キール(Winnie Salva Kiir)は、「Fortune Minerals & Construction」の株式11%を保有することを示す。2016年3月の時点で、同社の三大株主は中国人投資家。
- ある書類は、シーク・キールとマヤー・キールが、2007年の時点で、ベンジャミン・ボル・メルと共に「Buffalo Commercial Bank」の株式を保有することを示す。
- これらの株式はその後、第三者へ譲渡されたようだが、株式を保有した時にシークとマヤーは僅か19歳と20歳だった。
- 26歳の大統領の息子、マナット・キール(Manut Kiir)は「Independence Bank of South Sudan Plc」の株式5%を保有。同社は最大の株主としてアメリカ人3人、フランク・N・シネ(Frank N. Cine)、ラルフ・ランディ・ダイ(Ralph Randy Day)、マーク・S・マキシ(Marc S. Maxi)がいる。
- コネティカット州ノーウォークの合同メソジスト教会の牧師を務めるダイはこの銀行の株式を持っていることを認めたが、このベンチャーは完全に実現していないと指摘した。
- 2016年8月に、ダイは銀行について詳しくは知らず、その後死去したマキシがビジネスを運営していると主張した。
- 「ただのペーパーワークで、まったく軌道に乗らなかった」と彼は言った。「マーク・マキシが運営していたが、この春に突然亡くなった」。ダイはマナット・キールも株式を持っていることは知らなかったと断言した。
- その他の記録は、キールの子供たちが航空会社、保険会社その他多数の投資・貿易会社の株式を保有していることを示す。
- それらの会社の一部は活動についてごく少数の情報しか開示していない。
- 大統領夫人のマリー・エーヤン・マヤディット(Mary Ayen Mayardit)は多数の南スーダン企業の株式を持っている。2014年2月3日の書類は、マヤディット夫人が「Ayang for Roads & Bridges Co. Ltd」の株式50%を持つことを示す。
- その他の書類は、彼女が過去にリビアの独裁者ムアマール・カダフィ(Moammar Gadhafi)の政府の投資部門「LAP Green Networks」が所有した電話会社「Gemtel」の議論を呼んだ獲得に関わったことを示す。
- その他の書類は、2015年9月6日、「Green SS Limited」の全株式がマリー・エーヤン・マヤディットと彼女の息子、マヤー・サルバ・キールの2人に譲渡されたことを示す。
- 2015年9月付けのカマル・ジョン・アコル(Kamal John Akol)が署名した南スーダンの株式登録機関への書簡は、「Gemtel」にある「LAP Green」の株80%を「Green SS」へ譲渡することを要請する。
- もう一つの書類は、翌日2015年9月8日に、マヤディット夫人が「Gemtel」の理事会議長になったことを示す。
- 別の書類は、2016年1月30日、「Gemtel」理事会は、この企業の銀行口座の署名権限を移す一連の議決をしたことを示す。
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ウガンダの「Chimp Reports」の記事は、「Gemtel」はマヤディット夫人に近い個人によって非合法的に占有されたという議論の対象となったと主張。
- 記事は、2016年2月15日、口座の署名権限移譲のちょうど2週間後、「Gemtel」の理事会は、マヤディット夫人、カマル・ジョン・アコル、南スーダン軍将校2人、もう一人の理事が月額185,000南スーダン・ポンド(当時約13,400ドル)の支払いを受ける決議を承認したと主張した。
- 同じ記事によると、「LAP Green」の統括マネージャーは2016年3月、「Gemtel」の従業員に次のような書簡を書いた。
南スーダン政府の大使だという「Gemtel」の元外部顧問カマル・ジョン・アコル、南スーダン防衛軍少佐だというトン・トン・ウィ・ドン(Tong Tong Wiew Dong)ら南スーダン人が非合法的に「Gemtel」ジュバ営業所の所有と管理を奪った。彼らの行いは窃盗であり、まったく法的基盤がない。社員は前記の当局者らにより「Gemtel」本社営業所への出入りを強制的に拒否された。「Gemtel」のビジネスについて、我々は営業のための資金を持っていないと理解する。すべての銀行口座は凍結された。「Gemtel」のビジネスはすべての意図と目的が停止した。
- この書簡はさらに続けて、会社が資産の返還を要求するために処置をとると書いたとされる。
これまでに訳した報告書の目次は以下のとおり。
概説
南スーダンの内戦
キール大統領(1)
大統領の給与だけでは到底まかなえない資産であり、第三世界でよく見られる、権力者が何でも握ってしまう社会が、南スーダンでも展開されていることが分かります。
日本を含む海外から提供された資金がキール大統領をはじめとして、政府当局者の食い物になっているのです。
識字率27%(外務省の資料による)では、兵士は上官の言葉に従うだけで、一部のテクノクラートが支配する社会になってしまいます。彼らは海外との関係をうまくやりくりしつつ、私腹を肥やすことで保身を図ります。
日本がどれだけ南スーダンに資金を投じてきたかというと、外務省のホームページに情報があります。(1)についてはスーダンに対する援助も含んでいますが、(2)以降は南スーダンに関する援助です。(該当ページはこちら)
(1)2005年4月にオスロで開催されたスーダン支援国会合において平和の定着のために当面1億ドルの支援実施を表明し,2008年までに約2億ドルの支援を実施。更に2008年5月,第3回スーダン・コンソーシアム会合で,南北包括和平合意(CPA)履行期間後期に向け,当面約2億ドルをプレッジ。2005年1月のCPA署名以降,我が国は,南北スーダン全土に対し,総額約12億5千万ドルの支援を実施。
(2)2009年1月,約1,600万ドル(約15.75億円)のDDR支援,同10月に約1,000万ドル(約10億円)の総選挙支援実施を決定。
(3)2010年7月,817万ドル(約7.7億円)の南部住民投票支援を決定。
(4)2013年12月以降の情勢悪化を受け,我が国はこれまで総額約38億7,300万円の対南スーダン支援を実施している。このうち,約1億6,400万円については,2014年5月20日にノルウェーの首都オスロで開催された南スーダン人道支援会合において,国際機関及び日本のNGO経由の無償資金協力として支援決定を発表し,現在実施中。
(5)2015年2月,緊急人道・復興支援として,6,132万ドルの新規支援を決定。また南スーダンの情勢悪化に伴う周辺国への人道支援としても,2,715万ドルを決定。これらのUNICEF,UNHCRなどの各国際機関を通じて南スーダンの人道・復興支援に役立てられている。
(参考)2013年度の対南スーダン援助形態別実績
(1)無償資金協力
57.13億円(国際機関経由の贈与含む)
(2)技術協力
23.18億円
分かりにくい説明で数字がつかみにくいのですが、(1)〜(3)までで、35億9500万円を提供し、2013年12月以降に2億7800万円を提供して、合計が38億7,300万円になったという意味のように思われます。(5)は国連に対する支出なので、直接南スーダンに渡っているとは考えにくいでしょう。(裏の道があれば別ですが)
どうやら、キール大統領は自分で危機を作り出しては、支援をもらっているようです。「2013年12月以降の情勢悪化」とは、首都ジュバで起きたクーデター未遂を示します。キール大統領はマシャルが首謀したと主張しますが、今年7月の事件を見ると、この事件も彼がやったのだろうと想像できます。情勢を不安定にすると、先進国が金をくれると思っている可能性があります。
外務省はこういう汚職の構図をつかんでいたのでしょうか?。何も知らずに金を支出していたのでは?。
さて、あと一回でキール大統領の部の訳出は完了する予定です。次はレイク・マシャルの部分を紹介します。
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