アンチ『Unbroken』本の虚構に反論する 第1回
基本的な記述スタイルへの疑問

 

 『Unbroken』に対する新聞、週刊誌の批判については、すでに指摘してきました。

 この他に、単行本では丸谷元人の『日本軍は本当に「残虐」だったのか 反日プロパガンダとしての日本軍の蛮行』(ハート出版)があります。この本は昨年12月5日に出版され、『Unbroken』の原作がいかに事実を誇張し、反日プロパガンダのために書かれているかと主張します。そして、これが翌月の配給会社の日本公開中止決定に結びついた可能性があります。

 しかし、この本も誤訳や誤解に基づいて『Unbroken』を不当に批判しているに過ぎず、これが上映中止の原因であれば、大変な誤りだということになります。

 実際、この本が示した誤訳は、普通考えられないほど多く、理由は分かりませんが、意図的にやっているようにも見えます。普通に作業したら、ここまで読み間違えません。

 いずれにしても、この間違いは正すべきことです。それも著者が感情に走っている分、こちらは冷静に客観的な検討を行います。

 ここでは第1章「全米ベストセラー『アンブロークン』の何が問題なのか」から、誤りを逐一解説します。本来は本全体を評論すべきですが、丸谷が指摘する事柄には誤りがあまりにも多く、それらすべてを解説するのは時間的にも難しく、しかも未整理に意見を書き散らしているので、整理することも困難だと考えられるからです。もちろん、これは第2章以降の内容を許容することは意味しません。

 以下、使用する資料の略語を紹介します。このリストは暫定的で、以後、変化する可能性があります。「形式」は印刷物は「P」、電子本は「E」としました。「P」は引用文の場所をページ数で、「E」は表示する媒体によりページ数が変わるため章名を記載しました。

本のタイトル
著 者
略 記

形式

Unbroken Laura Hilenbrand Unbroken
P
Devil at my heels Louis Zamparini
David Rensin
Devil
E
Don't give up, Don't give in Louis Zamparini
David Rensin
Don't
E
日本軍は本当に「残虐」だったのか
反日プロパガンダとしての日本軍の蛮行
丸谷元人 日本軍
P
Prisoner of the Japanese
from Changi to Tokyo
Tom Henling Wade Prisoner
E
おかわいそうに
東京捕虜収容所の英兵記録
Lewis Bush おかわいそうに
P

 16ページに日本軍の人肉食に関する記述に対する指摘がありますが、これはすでに週刊誌などの記事に関して指摘したことと同じく内容なので省略します。

 初回は言葉使いの問題を指摘します。

『日本軍』14ページ

 その後ザンペリーニ氏は、大船や大森、直江津といった日本国内の捕虜収容所に入れられ、その過程で日本軍看取からの凄まじい虐待を受けた結果、終戦後アメリカに帰国しても長らくその記憶に苦しみ、心的ストレス症候群(PTSD)を発症する。(後略)

 「心的外傷ストレス症候群」という医学用語は存在しません。正確には「心的外傷後ストレス障害」です。「心的外傷ストレス症候群」なら略語は「PTSD」ではなく、「TSS」となるべきですし、そんな略語も存在しません。引用文中にあるように「心的外傷後ストレス障害」は発端となる出来事から長期間経ってから現れる心的問題であり、それを理解していたら書き間違えないことです。

『Unbroken』15ページ

(前略)読み手が最も感情的になるのは、捕虜たちから「バード」とあだ名された大船捕虜収容所の渡辺ムツヒロという陸軍伍長が、狂気のごとくザンペリーニ氏を虐待し続ける場面だろう。(後略)

 渡辺ムツヒロの氏名は正確には「渡邊睦裕」です。また、彼は後に軍曹に昇進し、直江津捕虜収容所に転勤となりますが、ザンペリーニは後に大森から直江津に移送され、渡邊と再開します。ザンペリーニに深く関わる人物の名前が不適切な表記であり、昇進にも触れていないという点で、あまりにも不親切な記述だといえます。

 「読み手が最も感情的になるのは」の部分は丸谷の想像であり、検証したとは書かれていません。想像を膨らませて結論を出すやり方が丸谷の特徴なので、頭に入れておいてください。第一、この本はドキュメンタリーであり、丸谷が言うような感動的な読み物ではありません。著者ヒレンブランドは視覚的に美しい文章を用いますが、長期間の取材、資料収集に基づいた客観的な記述に努めたといえ、これらの点で成功しています。

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