アンチ『Unbroken』本の虚構に反論する 第2回
沈む機体から脱出した方法
1943年5月27日、ザンペリーニらが乗った爆撃機は左翼エンジンのトラブルで太平洋に墜落しました。九人の搭乗員の内、墜落を生き残ったのはルイ・ザンペリーニ、ラッセル・フィリップス、フランシス・マクナマラの3人だけでした。丸谷は墜落時にザンペリーニが機体から脱出した方法が疑わしいと指摘します。
『日本軍』17〜18ページ
著者のヒレンブランド氏は、この本に関しては何でも誇張して書く方針であったらしく、それがこの本をかなり疑わしいものにしている。
ザンペリーニ氏と仲間たちが搭乗するB24爆撃機が太平洋に墜落した時、氏はどんどんと海中に沈み続ける機体の中でもがくのだが、ワイヤーが身体に絡みついて逃げられなくなった。そのうち、ついには肺から空気がすべて抜けて海水で満たされ(海水と一緒に血やガソリンまで味わった)、氏はそこで「気絶」したという。
しかし次の瞬間、気絶していたはずのザンペリーニは、身体を絡めていたワイヤーが偶然にも外れていたことに気付く。そこで意識を取り戻した氏は、何も見えない真っ暗闇の中、水深五一八メートル以上(一七〇〇フィート)の海底に沈みゆく機体の窓から外に飛び出し、ついには海面にまで泳ぎ出して助かったというのだ。
しかし普通に考えて、こんなことがあるのだろうか。金属製の機体ごと、周囲が暗くなるほどの深さにまで沈みゆき、かつ肺が水で充たされ、気絶までしているのに、である。(後略)
ここでは出来事の順序が間違って紹介されています。原文に続けて私の訳を示します。
『Unbroken』126〜127ページ
He felt a sudden, excruciating bolt of pain in his forehead. There was an oncoming stupor, a fading, as he tore at the wires and clenched his throat against the need to breath. He had the soft realization that this was the last of everything. He passed out.
He woke in total darkness. He thought: This is death. Then he felt the water still on him, the heavy dropping weight of the plane around him. Inexplicably, the wire were gone, as was the raft. He was floating inside the fuselage, which was bearing him toward the ocean floor, some seventeen hundred feet down. He could see nothing. His Mae West was uninflated, but its buoyancy was pulling him into the ceiling of the plane. The air was gone from his lungs, and he was now gulping reflexively, swallowing salt water. He tasted blood, gasoline, and oil. He was drowning.
Louie flung out his arms, trying to find a way out. His right hand struck something, and his USC ring snagged in it. His hand was caught. He reached toward it with his hand and felt a long, smooth length of metal. The sensation oriented him: He was at the open right waist window. He swam into the window, put his feet on the frame, and pushed off, wrenching his right hand free and cutting his finger. His back struck the top of the window, and the skin under his shirt scraped off. He kicked clear. The plane sank away.
Louie fumbled for the code on his Mae West, hoping that no one had poached the carbon dioxide cabisters. Luck was with him: The chambers ballooned. He was suddenly light, the vest pulling him urgently upward in a stream of debris.
He burst into dazzling daylight. He gasped in a breath and immediately vomited up the salt water and fuel he had swallowed. He had survived.
彼は突然、耐えがたい痛みを額に感じた。彼がワイヤーを引きちぎろうとし、呼吸の必要に対抗して喉を硬く閉じたため、増していく麻痺と減光があった。彼はこれが全ての終わりだと漠然と認識した。彼は気絶した。
彼は完全な暗闇で目覚めた。これは死だと彼は感じた。そして、彼は依然として水が彼に接しているのを、彼の周囲の機体の重く沈んでいく重量を感じた。救命ボートもそうだったが、どういう訳かワイヤーはなくなった。彼は機体の中に浮いていた。それは海底の方向へ、約1700メートル下に彼を運んでいた。彼は何も見えなかった。彼の救命胴衣は作動させていなかったが、その浮力は彼を飛行機の天井へ引っ張った。空気が彼の肺から抜け、彼は反射的に息を吸い、海水を飲み込んだ。彼は血、ガソリン、オイルを味わった。彼は溺れていた。
ルイは出口を見つけようとして腕を突き出した。彼の右手が何かを打ち、南カルフォルニア大学の指輪がその中に引っかかった。彼の手は捕らえられた。彼は左手をそれに向けて伸ばし、金属の長い平坦な範囲を感じた。感覚が彼を正しい方向へ向け、彼は側面窓の右側面開口部にいた。彼は開口部の中へと泳ぎ、足を枠に置いて押し、右手の自由をもぎ取り、指を切った。彼の背中が開口部の天井を打ち、シャツの下の皮膚をこすり取った。彼は強く蹴った。飛行機は沈んでいった。
ルイは救命胴衣のコードをいじくり回し、誰も二酸化炭素の容器を盗んでいないことを望んだ。運は彼と共にあり、チェンバーが膨らんだ。彼は突然軽くなり、胴衣は彼を残骸の流れの中を急速に上方へと引っ張った。
彼は突如まばゆい日光の中に現れた。彼はすぐに喘ぎ、ただちに飲み込んだ塩水と燃料を吐き出した。彼は生き残った。
丸谷の説明を要約すると「水を飲んで肺が水で満たされてから、気絶し、意識を取り戻した」ですが、原文では「気絶し、意識を取り戻してから、肺から空気が抜けて、水を飲み込んだ」です。丸谷の説明はまるで不正確で、順序を入れ替えて原作の信憑性を失わせているのです。
肺が海水で満たされたとはどこにも書かれていません。そもそも肺が水で満たされたら生き残るチャンスはまずありません。ねずみ取りにかかったネズミを水に漬けて駆除したことがある人なら、溺死に至る経緯を御存知のはずです。呼吸ができなくても、血液中の酸素が涸渇するまでには時間がかかり、ネズミは何度も水を飲み、かなりの時間動き回ります。ザンペリーニもすべての空気を吐き出したのではなく、一部の空気を吐き出したに過ぎません。
彼がどれくらいの深度にいたかは『Unbroken』に手かがりが書かれています。前の引用部分の一つ前の段落の中に彼が気絶する直前の描写があります。
『Unbroken』126ページ
Louie felt ears pop, and vaguely recollected that swimming pool at Redondo Beach, his ears would pop at twenty feet.
ルイは耳鳴りがして、レドンドビーチの水泳プールで、彼の耳が12フィートで鳴ったことをかすかに思い出した。
12フィートは約6メートルです。この水泳プールは少年期の場面にも登場します。
『Unbroken』126ページ
To expand his lung capacity, he ran to the public pool at Redondo Beach, dove to the bottom, grabbed the drain plug, and just floated there, hanging on a little longer each time. Eventually, he could stay underwater for three minutes and forty-five seconds.
肺の機能を拡張するため、彼はレドンドビーチの公営プールに走り、底へ潜り、排水栓をつかんでそこに漂い、毎回少し長くしがみついた。最終的に彼は水中に3分45秒水中にいることができた。
彼がいた深度は6mかそれより少し深い辺り、おそらくは10m程度までと考えられます。機体は機内に閉じ込められた空気が生む浮力で、直ちに沈むものではありません。この深度では海中は真っ暗ではありません。特に南太平洋の綺麗な水と太陽の光は、この深度でも海中を真っ暗にはしません。暗く見えた理由は酸素不足による麻痺と減光だと書いてある通りです。
また、潜水訓練を積んでいたから、彼は水中から脱出できたと考えられますが、丸谷はその可能性も端から無視しています。
奇跡の生還なら、ザンペリーニではなく、操縦手のフィリップスこそ言うべきです。言うまでもなく、最初に破壊される可能性が高い操縦席は最も生還率が低い場所です。副操縦手が行方不明になったのに、隣にいたフィリップスは頭部の傷だけで済んだのです。不思議と言えば、これこそ不思議ですが、こういうことも起こり得るのです。
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