アンチ『Unbroken』本の虚構に反論する 第3回
日本軍機による機銃掃射

 

 6月23日、ザンペリーニらは日本軍の爆撃機から機銃掃射を受けます。救命ボートに多数の穴が開きますが、幸い誰にも当たりませんでした。丸谷はこの状況も不自然であるとして、元日本海軍爆撃機搭乗員の岩崎嘉秋氏に意見を求めました。

『日本軍』19〜20ページ

「太平洋上を漂流する小さな救命ボートに乗った敵兵を空から見つけたとしたら、わざわざ降りていって何度も銃撃するのですか?」
 という私の質問に対し、岩崎氏は、
「なあに、そんなバカなことはない! 常識で考えれば判ることですよ」
 として、一蹴された。そこでこちらは改めて、『アンブロークン』の描写をまとめて尋ねてみた。
「この本のアメリカ人搭乗員は、小型の救命ボートであの太平洋上を何十日間もさまよっていたのですが、ある時、遠方に飛行機が見えたので、救助を求めるために信号弾を数発撃ったところ、相手がそれに気付いてやって来た。しかしそれはなんと、敵である日本の爆撃機だったのです。日本機は高度七〇メートルくらいでやって来て、八回も航過して銃撃を浴びせたが、彼らには一発も当たらなかった。そこで、最後には爆弾まで落としたのですが、それも不発だったと言います。この場所は、彼らアメリカ人の計算だと、日本軍の航空基地から一三〇〇キロ(『アンブロークン』の記述では八五〇マイル)離れた地点だったと言います」
 こちらがこんな説明をしている途中から、岩崎氏は耐えきれなくなったように大笑いをし始め、「それを言っている人は、よっぽどの大ボラ吹きなんですよ!」と言った。
 「そもそも、我々は通常一〇〇〇メートル以下で飛ぶことはあり得ないし、あんな広い太平洋上であれば、海上にある小さなボートどころか、そこから発射した信号弾だってほとんど見えないですよ。しかも、そんなたった数名の敵に対し、基地から一三〇〇キロも離れた太平洋のど真ん中で八回も攻撃をするなんて、燃料も飛行時間ももったいない。だいいち、高度七〇メートルで爆弾なんか落としたら、爆発で自分がやられちゃいますからね」

 歴戦の勇士の意見なら信じたくなる人もいるでしょうが、そもそも丸谷は岩崎氏に正確に本の内容を伝えておらず、そのために岩谷氏は知らぬ間に誤り導かれているのです。

 まず、丸谷がいう高度70mは明らかに単位換算計算が間違っています。次は爆撃機が2回目に接近した時の描写です。

『Unbroken』161ページ

Flying about two hundred feet over the water, the bomber raced at them, following a path slightly parallel to the rafts, so that its side passed into view.
水面上約200フィートを飛び、爆撃機はその側面を視界に入れて通り過ぎるように、ボートに少し平行に沿って彼らに急速に移動した。

 1フィートは0.3048mですから、高度は60.96mです。また、銃撃と雷撃の時はそれぞれ攻撃に最適の高度をとったはずですから、一定だったと結論するのも誤りです。高度が書かれているのは2回目の銃撃時のみに過ぎません。

 漂流者たちは丸谷が言う以上の方法で爆撃機に合図を送っていました。

『Unbroken』160ページ

 Louie fired one flare, reloaded, then fired a second, drawing vivid lines across the sky. He opened a dye container and spilled its contents into the ocean, then dug out the mirror and angled a square of light toward the bomber.
 ルイは信号弾一発を撃ち、再装填して二発目を撃ち、空に鮮明な線を描いた。彼は救難マーカーの容器を開けて、中身を海にばらまき、それから鏡を取り出し、爆撃機に向けた光を直角の角度にした。

 複数の方法で合図を送っても高度1000mを飛ぶ飛行機からは見えないでしょう。しかし、爆撃機の高度を1000mと断定できるでしょうか。『Unbroken』には「エンジン二基の爆撃機」としか書かれていませんが、『Devil』は爆撃機が「Sally bomber」だったとしています。

『Devil』「Adrift」

 The plane was a Japanese Sally bomber, which looks similar to our B-25.
  飛行機は日本のサリー爆撃機だった。それは我々のB-25に一見似ている。

 「Sally bomber」は日本陸軍の97式重爆撃機を意味する米軍のコードネームです。丸谷は岩崎の他にも元海軍機搭乗員1名にコメントを求めていますが、対象となる飛行機は陸軍機だったのです。海軍と陸軍は考え方が違い、術語も異なる場合があったほどです。尋ねるのなら陸軍搭乗員にすべきでした。

 爆撃機が1000m以下を飛ばないという意見は一般論に過ぎません。

『Unbroken』166ページ

 They thought that the bomber had probably been on sea search, and if Japanese followed the same sea search procedures as the Americans, it would have taken off at around seven A.M., a few hours before it had reached the rafts.
 彼らは爆撃機がおそらくは海上捜索中で、日本人がアメリカ人と同じ洋上捜索の手順を踏んでいるなら、彼らが救命ボートに達した数時間前、午前7時頃に離陸したと考えた。

 文中の「彼ら」はザンペリーニとフィリップスです。2人の推測があたっていた場合、爆撃機は遭難者を発見するために低い高度を飛んだはずです。捜索高度は捜索対象によって変わります。時事通信のある記事によると、海上保安庁のDHC8-Q300は捜索対象が漁船の場合、高度365mから探し、捜索海域に着くまでは高度610mを維持します(元の記事はこちら)。爆撃機の実際の高度は、これに似たものだったはずです。97式重爆は1943年の夏までには旧式化し、爆撃任務から外されました。ザンペリーニらが銃撃されたのは同年6月27日で、まさにそうなる頃でした。爆撃機の任務が攻撃でなかった可能性が高いのです。

 捜索任務でなくても爆撃機は低高度を飛ぶ場合があります。『世界の傑作機 No.153』(文林堂)の47ページに哨戒飛行中の米海軍機に補足され、海面近くを飛ぶ97式重爆が載っています。同編集部に確認したところ、この写真は明確な撮影場所や日時は不明ですが、機体の塗装の感じからして大戦末期とのことです。米軍が撮影した日本機が低空を飛ぶ写真は他にもあり、速度の遅い爆撃機は追われると低空に逃げるのが常だったということです。

 つまり、爆撃機が1000m以下は飛ばないというのは一般論に過ぎず、捜索任務や敵機に追われたりすれば、それ以下で飛ぶのです。

 機銃掃射が人に当たらなかったのも不思議ではありません。97式重爆で下方を撃てる機銃は単銃身、口径7.7mmの「テ四旋回機関銃」です。発射速度は毎分730発。対地攻撃時の速度は不明ですが、着陸速度は時速120kmです。実際には着陸速度よりも早い速度で攻撃したはずですが、攻撃側に最も有利なこの速度で考えます。この速度では機関銃弾を一発発射する間に機体は約2.7m進みます。救命ボートの内側は約1.8×0.6mで、その外側に太いチューブが取り巻いています。本に載っている救命ボートの写真を見ると、外寸は2.6×1.4mくらいでしょう。単純に考えると、機関銃弾が三人乗り救命ボートの手前に着弾したら、次弾は救命ボートの向こう側に着弾することになります。照準技術、機体の揺れ、その他様々な要素が加わって、実際の着弾が決まるわけですが、人に当たらなくてもおかしくはありません。高速で移動する場所からの射撃は難しいのです。救命ボートは二艘あり、片方が大きなダメージを受けたので、人が乗っていなかった方に多く弾が集中した可能性もあります。

 なお、この部分の解釈は特に注意が必要だといえます。命の危険にさらされ、心拍数、血圧共に上昇した極限状態での記憶は不正確になりがちです。デーヴ・グロスマンの著作の一つ『「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム』(二見書房)には、様々な実例が紹介されています。たとえば、警察官が犯人との銃撃戦の最中に同僚が撃たれるのを目撃したのに、実際に同僚は撃たれていなかった(190ページ)といったことが起きるのです。私は鹿猟ですぐ後方でライフル銃の発砲があり、腰を抜かした経験があります。危険はなかったのですが、発砲を予測していなかったので、弾が自分に当たったかと思い、思わず体を見回したものですが、今でも鮮明に記憶しています。自分を狙らう機関銃による攻撃を受けた時の恐怖はなおさらです。

 『Devil』では攻撃の回数は書かれておらず、時間が書いてあります。

『Devil』「Prepaer to clash」

 The strafing continued for nearly thirty minutes.
 銃撃は30分近く続いた。

 攻撃の順序にも食い違いがあります。いくつかの点でザンペリーニの記憶は不正確かも知れません。それは誇張ではなく、自然な心理なのです。こういう食い違いは日本人の戦争回顧録にも普通にみられることで、不思議はありません。

 記憶違いが起こり得る戦争体験だからこそ、検証には慎重な対応が必要です。丸谷は自分が聞きたい答えを得るために、誤った情報を他人に与え、自分が欲しい答えを手に入れたにすぎず、何の検証もしていないのです。

 追記

 この銃撃については、調査の結果、旧海軍の報告書に銃撃した件が記載されていることが判明し、新しく検証報告を掲載しました。皮肉にも、銃撃したのは丸谷が意見を求めた岩崎氏の搭乗機と同じ96式陸上攻撃機であったことが確認されました。(検証報告のページへ

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