検証報告 外務省も捕虜取り扱いの問題を自覚していた

 

2015.8.14

 前回は、日本軍が捕虜取り扱いの問題を自覚していたことを示す証拠を紹介しました。今回は外務省も同様の懸念を抱いていたことを示す証拠を紹介します。

 国立公文書館アジア歴史資料センター(http://www.jacar.go.jp/)に収録されている「交戦国間敵国人及俘虜取扱振関係/一般及諸問題 第三巻」(レファレンスコード B02032469900)を見てみましょう。

 この資料は外務省が外国で情報を入手し、その原本と翻訳文を収録しています。前半は米下院軍事委員会の報告(p13〜16)、最後のページ(p17)は報道記事と思われます。これらの資料は、アメリカとドイツの捕虜取り扱いはジュネーブ条約に適合しているが、日本は戦時中から敵国の批判にさらされていたことを示します。 以下に着目すべき部分を要約し、読みやすい形に書き直して紹介します。なお、黒丸部分は判読不能の文字を示します。

 p13 昭和19年12月4日付 米下院軍事委員会報告

「俘虜待遇に関するジュネーブ条約国際連盟規約の条項が、合衆国によって字句通りに遵奉されている」「全般的にドイツ政府は米軍俘虜に対し、規約の定める待遇標準に沿うべく努力している」などの記述が見られます。

 

p14

「我が国(アメリカ)における枢軸軍俘虜は十分な待遇を受けてはいるが、甘やかされてはいない」「ドイツはジュネーブ規約のある●令に関して米国ほど自由主義的でない解釈を●しているが、恐らくその理由はドイツ国内の非常状態であろう。ドイツにおける第一の実例は食糧配給に関係しているが、一方ドイツ政府は赤十字その他の機関を通じて多数の食糧補給が俘虜に送付されることを認めている。ドイツの俘虜たちは医療の面倒も十分に受けている」

 

p15

「日本はジュネーブ規約を批准してはいないが、その規定を採用し得る限りは俘虜並びに米人抑留者に対して規約規定のある程度の修正規定を適用することを承諾している。日本政府は部分的に規約条項を実行しているが、欧米水準に基づく生活条件は規定していない。日本本土や満州、朝鮮、上海等における日本●管理下の収容所は赤十字並びにスイス政府の代表者を快く迎えたといわれるが、比島(フィリピン)、蘭領東印度、マライ(マレー)、ボルネオ、タイ、仏印、ビルマ、香港等の状態を外部の者が調査することは許されない」

 

p16

「日本、支那、満州の収容所は米人を収容する遠隔の日本占領地域の収容所に比し、人道的に管理されているらしい。スイスの代表者は日本の収容所にある俘虜の受ける食糧が日本一般民の入手し得るものより優秀だという報告を確認している 」

 

p17 同盟通信社が得た報道記事

「イギリス陸軍大臣ジェイムズ・グリッグ卿はビルマ、タイにある英人俘虜に対する過去の取り扱い方に関し、日本に抗議を申し入れたところ、1943年10月以降改善されていると明言した」

 

 いくつか解説します。

 p15の「日本はジュネーブ規約を批准してはいないが」の部分は、日本はジュネーブ条約に署名したものの、批准の手続きになって反対意見が出て、最終的には批准していないことを示します。連合国は開戦時に、日本政府にジュネーブ条約を守るかと問い合わせ、日本政府は「ジュネーブ条約を準用する」との回答をしました。防衛省防衛研究所が発表した「旧軍における捕虜の取扱い ――太平洋戦争の状況を中心に――」(立川京一著)は次のように書いています。

国際法と国内法令の齟齬についても、制度的な原因の一つとして触れておかなければならない。太平洋戦争期の日本は公的には捕虜待遇条約を「準用」するという態度を表明し ていたが、捕虜取扱いの現場で国際法が意識的に「準用」されることは稀で、国内法令が優先した。 (p130)

 米下院の報告書は、準用という日本の考え方をよく理解していたことが分かります。ともあれ、連合国からは日本の捕虜取り扱いがドイツのそれよりも奇異に受け取られていました。そして、日本の状況についても連合国はよく知っていたようです。しかし、戦後処理の中では日本政府が署名していた以上、ジュネーブ条約違反は裁くという考え方で、多くの関係者が死刑を含む処罰を受けたのです。この方針の決定過程については別に研究が必要でしょう。

 立川の論文は失敗例のみを集めており、成功例については触れていません。とはいえ、この論文の中に挙げられた捕虜虐待の事例はあまりにも多く、強制労働や人体実験、斬首なども含まれます。『Unbroken』に対して投げかけられている「日本軍は捕虜虐待をしていない」「連合軍だって捕虜虐待をやった」といった主張は成り立たないことが分かります。我々に必要なのは、今後、ジュネーブ条約違反を行って行って被害者を出さないことであり、収容所関係者が極刑を含む処罰を受けないようにすることです。そのためには、過去の悪しき事例を冷静に考察する必要があるのです。

 

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