アンチ『Unbroken』本の虚構に反論する 第5回
ココナッツミルク注射

 

 とうとうザンペリーニとフィリップスは日本軍に救助されます。ここの描写にも基本的な部分で誤読があります。

『日本軍』25ページ

 さて、四七日間もの苦難の漂流の末、ある日、目の前に突然島が見えた。それがマーシャル諸島クェゼリン島であったのだが、そこまで何とか生き残ったザンペリーニ氏は、ここに駐屯していた日本軍に捕まってしまう。この島には戦争中、海軍部隊が駐屯していたのだ。

 2人が到着したのはクェゼリン島ではありません。彼らは洋上に島があるのを目撃しましたが、それらはマーシャル諸島の別の島です。『Devil』は次のように書いています。

『Devil』「Execution Island」

 Two hours later the boat dropped anchor at Wotje, a island in—just as I'd predicted—the Marshall group.
 2時間後船は、私が予測しただけだが、マーシャル諸島の島、ウォッジェに投錨した。

 輸送艦が第一号型輸送艦だったと仮定して、その速度22ノットで移動したとすると、彼らはウォッジェ島の東80kmの洋上で救助されたことになります。そこからクェゼリン島までは約360kmの距離です。これは東京駅から京都の近くまでの距離に等しく、まったく別の場所といって構わない距離なのです。

 クェゼリン島に送られてから、3週間くらいして、ザンペリーニらは医師から奇妙な注射を打たれました。その時の状況説明を丸谷の本から2つ抽出します。

『日本軍』(25ページ)

 ルイ(著者注:ザンペリーニ)とフィル(著者注:ザンペリーニと一緒に生き残った同じ爆撃機の乗組員)は、横になるように命令された。医者たちは、二本の長い皮下注射器を取り出して、それぞれに濁った液剤を満たした。誰かが、それはグリーンココナッツのミルクだと言ったが、それが本当かどうかは判らなかった。医者たちは、彼らがこれからすることは、捕虜たちにとって良いことだと言った。そして、その液剤が期待通りに効果を発揮して、捕虜たちの健康状態が改善された場合には、その溶剤を日本兵にも使う予定だと言った。(一九二ページ)

『日本軍』26ページ

 ルイの場合は、数秒間のうちに、ポーチがぐるぐると回転し始めた。医者が静脈にさらに液剤を注入すると、回転はさらに悪化した。まるで身体じゅうにピンを刺されているかのような感覚だった。(中略)彼の皮膚はヒリヒリし、痒くなり、チクチクした。ポーチは揺れて、回転した。ポーチの向こうでは、フィルが同じ症状を経験していた。(中略)その後は、すべてがぼやけて見えた。ルイは気絶しそうだと叫んだ。医者は、注射針を抜いた。(一九二~一九三ページ)

 ここには特に問題とするべき誤訳はありません。これについてヒレンブランドは次のように書いていると丸谷は言います。

『日本軍』27ページ

 二人とも生き残った。彼らの経験が残酷であったのと同じぐらい、彼らは幸運でもあった。日本軍は占領したすべての地域で、少なくとも一万人の戦争捕虜と幼児を含む民間人を生物化学兵器の被験者として使った。数千人が死亡した。(一九三ページ)
 こう書かれると、あたかもザンペリーニ氏らが、日本軍による生物化学兵器実験の被験者として使われたという印象を受けてしまう。(後略)

 この部分の翻訳にも問題はありません。しかし、原作はザンペリーニらは生物化学兵器の実験台にならずに幸運だった、つまり人体実験と無関係だと書いています。それを丸谷は関係があったと真逆に解釈しているのです。

 ところで、捕虜たちの症状は本当にデング熱なのでしょうか。国立感染症研究所のウェブサイトからデング熱の解説を抜粋します。

 感染三~七日後、突然の発熱で始まり、頭痛特に眼窩痛・筋肉痛・関節痛を伴うことが多く、食欲不振、腹痛、便秘を伴うこともある。発熱のパターンは二峰性になることが多いようである。発症後、三~四日後より胸部・体幹から始まる発疹が出現し、四肢・顔面へ広がる。これらの症状は一週間程度で消失し、通常後遺症なく回復する。

 デング熱は発熱の3~4日後に発疹が出るのに、2人は発熱と発疹を同時に発症しています。『Devil』では、翌日に2回目の注射が行われ、その後に2人がデング熱に感染したと、少し異なる説明をしています。また、日本人医師がデング熱と診断したのではなく、ザンペリーニがそう考えただけです。

 私はこれはデング熱ではなく、アレルギー反応だった可能性があるとみています。発疹はデング熱固有の症状ではなく、注射や点滴でも起こり、病気でも、心因性の理由でも起きます。アレルギー反応の症状は、発疹、かゆみ、じんましん、呼吸困難、胸部の痛み、発汗、ほてり、動悸などで、2人の症状に一致します。ココナッツはアレルギーが出にくいといわれますが、それは食べた場合のことで、短時間に大量に注射すれば、問題が起きる可能性はあります。

facebookに戻る 第4回へ 第6回へ