ベトナム戦争時代の米国防長官だったロバート・マクナマラ氏が7日に死去した件で、読者からメールを頂きました。
この件はmilitary.comでも簡単に報じられており、私も取り上げようかと思ったのですが、彼については以前にも触れており、今回は触れないことにしました。しかし、いま彼について考えることは重要かも知れないと思うので、簡単にコメントすることにしました。
マクナマラとブッシュ政権の国防長官ドナルド・ラムズフェルドを比較することは興味深いテーマです。マクナマラはベトナム戦争時代には、戦争の首謀者とみられていました。彼をテーマとしたドキュメンタリー映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ 元米国防長官の告白」を監督したエロール・モリスも、当時はそう考えており、マクナマラが嫌いだったと述べています。マクナマラ自身、ベトナム戦争については積極的に語らなかったのですが、後に2冊の本を書きました。「マクナマラ回顧録 ベトナムの悲劇と教訓」と「果てしなき論争 ベトナム戦争の悲劇を繰り返さないために」がそれです。彼は戦争当時のベトナムの指導者たちと対談し、戦争の原因を追及しました。その結果、開戦しなくても、お互いの政治目的は達成できたのであり、ベトナム戦争は無用だったとの結論に行き着きました。それを本として記録し、モリスが映像化しました。
考えようによっては、マクナマラは長年、開戦の言い訳を考え続け、それを本に書いたとも勘ぐれます。しかし、そうではないことが映画化もされたイアドラン峡谷での戦いに関する本「ワンス・アンド・フォーエバー」に書かれています。この戦いの指揮官ハル・ムーア中佐は後日、マクナマラらを相手に戦いについて報告し、それを聞いたマクナマラが強いショックを受けた様子を描写しています。映画では、この場面も撮影されたのですが、先に述べたように、マクナマラはベトナム戦争の首謀者とみなされており、実態が曲解されたシーンとなりました。最終的にこのシーンは本編から外されましたが、DVDの特典映像で見ることができ、それはマクナマラがどんな人物だとみられていたかを暗示する興味深い資料となっています。
ラムズフェルドがイラク戦争について回想録を書くことはあるだろうかと、私は考えることがあります。目下のところ、そうした本は出版されていません。オリバー・ストーン監督の映画「ブッシュ」では、ラムズフェルドの立場はあまり大きく描かれていません。しかし、Military.comをはじめとする軍事メディアが2006年11月に、ラムズフェルドを罷免しろという意見記事を掲載し、ブッシュ大統領は数日後に彼を辞職させたくらいですから、彼がイラク侵攻に果たした役割は小さいものではなかったはずです。歴史は慎重に研究されるべきで、ラムズフェルドを悪人に仕立てても意味はないのですが、私は彼の責任は極めて大きいと考えています。
なお、「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ 元米国防長官の告白」と「ワンス・アンド・フォーエバー」については、拙著「ウォームービー・ガイド 映画で見る戦争と平和」でも取り上げています。
さて、翻って日本の政治を見ると、投稿者が指摘したように、防衛力の増強は政治家などが自分をタフガイに見せかけるための道具として言われる昨今であり、そのレベルの低さには絶望すら感じます。テレビタレント時代に核装備や徴兵制を主張して、現在は大阪府知事を務めている橋下徹氏が、自民党・古賀選対委員長との対談で「国に国家戦略は感じません」と言ったそうですが、私は彼の発言にこそ国家戦略はないと考えています。要するに、自分を本物らしく見せかけるためにだけ軍事力の増強を主張するのが、最近の政治家たちのやり方で、国民もそれを喜んで見ているところがあります。政治家も政治家なら、国民も国民と言うべきなのでしょう。日本人は安直に政治家の言うことに拍手するよりは、「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ 元米国防長官の告白」を観賞し、戦争について今一度考えてみるべきです。