軍隊と宗教の不思議な関係
靖国参拝問題に関係することをさらに取り上げます。似たような軍隊と宗教が引き起こす問題は、日本だけで起きるのではありません。形は違っても、似たような騒動がアメリカでも起きているのです。2012年に起きた騒動を、ここでもう一度紹介します。
キリスト教徒ではない米軍の退役軍人が、ノースカロライナ州キング市の退役軍人記念碑に掲げられているキリスト教の旗と、墓標の横で跪く兵士を表した小さな像の十字架が不適切だと主張したことから、その是非を巡って、街を二分するような騒動が起きたことがありました。(記事1・2・3)
端から見ると、滑稽にすら見える話ですが、他にも軍隊と宗教がからむ事件はいくつも起きています。このサイトでは、そうした事件をいつくも紹介しました。
同性愛者の隊員が公然と勤務することを認める上で、キリスト教徒の従軍聖職者たちが様々な拒否反応を示した事件。アーリントン墓地で不適切な埋葬が数多く見つかった事件。ドーバー空軍基地で戦地から還った英霊の遺体を処理する上で不適切な取り扱いがあり、さらに引き取り手がない遺体を埋め立て地に捨てていたことが発覚した事件。
それどころか、軍隊と宗教は切っても切れない関係にあるという認識は、案外理解されていないということも指摘しておきます。
たとえば、ナチス時代の秘密警察「ゲシュタポ」は、冠婚葬祭を組織が支配していました。単なる国家組織を越えて、心身共に組織に従属することが当たり前でした。
死ぬことがあり得る軍務ですから、死を取り扱う宗教が軍隊と深く結びつくことは、むしろ当然です。一方で、民主主義政府は信仰の自由の観点から、特定の宗教を支持しないという立場を貫くのが常識となっています。軍隊は政府組織でありながら、宗教に傾倒する傾向があります。これは必然的な矛盾なのです。
軍事を観察する者なら、ここに気がつかない訳にはいきません。靖国参拝を当たり前としか考えない政治家たちは、軍事に対する造詣が浅いと、私は考えます。
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